教育・随筆

九年目の朝(15)

                        (拙書より)

「祖父に逆らい切れなかったんだと思うんです。彼は絵描きになりたかった…。

受験の少し前に伯父から聞きました。自分が美大に願書出したときは、俺、そ

れが自分の気持ちだと思っていました。でも違ってた。父のぶんだった、たぶん。

いまは自分で自分が判ってると思います。同じ道のようでも動機が違う」

翌春、彼はデザインスクールに入った。

そして二年後の三月初め、私は早朝から念入りに共室の掃除を始めた。早過ぎ

る時間に支度が整ってしまうと所在なくて、あまり汚れていないガラスまで磨いた。

サイフォンにコーヒーをセットし、チーズケーキ用の取って置きの皿を確かめた。

八時ちょうどにブザーが鳴ると、駆け出しそうな自分を抑えながら、不覚な涙だけ

は禁物だと涙腺にしっかりとブレーキをかけて玄関を開けた。

「わあ、伸び過ぎ! 八年で三十センチってないよ。見下ろすな」

「じゃぁ、早く坐ります」

長身を折り畳むように坐った青年は、電話の向こうでずっと中学生だった文哉君

のはずはなかった。長めの前髪を掻き揚げて向けた瞳には、青年の謙虚さと壮

年の思慮深さが同席して見えた。ブレーキをかけたはずの涙腺が危ない。どうし

ても滲んできそうな涙を止めなければならない。そう思ったとき、自分でも予想だ

にしなかった言葉が流れ出た。

「十五分しかないのよね? すぐ行かないとね。就職先まで三十分でしょ?初出

勤バンザーイ、オメデトウ!次の目標、二科展入賞? そしたらお父さんに会い

に行くんでしょ?」

               (九年目の朝…おわり)

※  「第三の人生」なのだろうと、深い感動の中で、近付いた引越しに向けた荷

   造りに追われています。

   25年来の心友(彼女にしか使ったことのない称号)と暮らせる日々は、聖地

   への旅立ちを思わせて、時々刻々浮世の汚れを脱いでいます。

   しばらく休止させて頂き、聖地からの再開をと思っています。

   みなさま、どうぞお元気で…。

| | コメント (20) | トラックバック (0)

九年目の朝(14)

                   (拙書より)

中学の理科には食物連鎖を学ぶ分野がある。生き物を「生産者」「消費者」「分

解者」に分けて、その役割や関連を教える課だ。「誰がいちばん偉いのか」は、

生き物の頂点に立つのは人間であるという物の見方が、諸悪の根源ではない

のかとすら思う私の、冗談ではない冗談クイズだ。答は、唯一の生産者である

「緑色植物」になる。時にキザなセリフも混ぜ込む。

「彼等はジタバタしない。吼えない、喚かない、説教もしない。黙々と創り出す。

られた物で、すべてが支えられる。尊敬。もひとつおまけ。その植物を、ミミ

ズやダンゴムシが分解した栄養が育てるわけだからミミズさまさま。ハイエナ

はウンコや死体提供してくれるしガマガエルもそうだし、人間だけがただの加

害物かもね。せっかくのウンコは薬品処理だし、死ねば燃やすしさぁ、ああも

ったいない」

コスモスが咲き乱れる頃、文哉君の電話は月に一度になった。近くのコンビニで

バイトを始めたと言う。

「センセ俺、金貯めます。目標額できたら、使い道言います」

十一月が来て正月が過ぎて、受験が終わって桜が咲きそして散り、煮えそうな夏

が終わるとまたコスモスが丸い蕾をかざした。忙しさに取り紛れても電話が減って

も、文哉君は遠くはなかった。ときどきになった電話は、変化の要所を几帳面に伝

えてきた。ある日の電話ではデッサンを始めたと語った。

「センセのトコ通り過ぎて週ニで行ってるんですよ、画塾。降りたいときあるんです

けど、まだ俺らしい顔になってないなと思って」

目標額が達成できた日その使途を告げ、その話の中に取り混ぜてさりげなく、初

めて父のことを口にした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

九年目の朝(13)

                          (拙書より)

「自堕落」という言葉がある。ほとんど死語に近いその語の意味を私は恥じの

尺度の一つに据えてある。意外と思われるかもしれないが、大人よりも中学生

の心の基盤にその自制が芽吹いていることが多い。真っ当な意味での「自尊

心」である。健康な中学生は、甘えていい場が与えられても必要以上に貪らな

い。

彼の電話は激減した。少し心が痛んだけれども、半月ほど経っての電話で解

した。

「センセ、我が家破産するとこでしたよ、電話料金で。マジ青かった」

「それだけ?」

「いや…、それ以外いっぱい…、考えました。時間、労力、迷惑…」

「やっぱりあなた優秀ね。時間とか料金って人間が考え出したものよね。ときに

は窮屈で発想が制約されて縮かむけれど、制約の中で何をするかできるかって、

あるいは自分は何を優先するかって、そんなところに生きてる面白さあるなぁと

思うのね。文哉君は何を優先するのかなぁ。楽しみだぁ」

「また、考えて電話します」

多くて月に二、三度の電話はその半分ほどは禅問答になった。適性、潜在力、義

務、強制、抑制、納得、願望、欲望、惰性、誠意、欺瞞…。手当たり次第に質問と

確認がくる。しかしテーマは手当たり次第でも、整理された問いかけは時間の浪

費を防いだ。残る半分ほどは日常の変化の報告になった。母と二人ぶんの夕食

を作り、庭の手入れも始めたと言う。

「センセ、花好きでしたよねえ。覚えてますか、理科の二分野。地球上で一番偉い

の誰だって質問。あれ思い出すと雑草毟るの迷っちゃいます」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

九年目の朝(12)

                           (拙書より)

また次の日、

「中学のとき、美術の評価悪かったです。高校は選択科目は音楽にしました。

なんで美大受けたかっていうと、反抗だったって思うんですよ。でも少し違うか

なぁ…」

― 若者は自分を探している。いいなぁ。そこに立会ってる。果報者だなぁ…。

泣き虫オバハンは酔っ払いになっていた。

彼の電話は回数も時間も日増しに増えた。ときに二時間にも及び、日に二度

三度のこともある。言葉は友達口調になり、独り言にもなった。共室の子たち

は、付き合いが長くなると友達口調になることが少なくない。中学時代、文哉

君は最後まで敬語を省かなかった。いまの彼のほうがずっと中学生に近くて

会話が楽だと思うと、冗談も揶揄も無意識に飛び出す。意識的にも使える。

「俺って本当は頭よくないっすね。いやいいんすか? 成績ってなんなんだろ」

「クイズその一。独り言とは何か」

「はぁ? え? なんすか、それ」

「クイズその二。会話と対話の違いは何か」

「……?」

「そして最後のクイズ。独り言が有料である場合を述べよ」

「…? え? あ…、あっ! 俺の…電話?……かも。ですね。う…ん」

「はい、それが独り言の答え。君は頭がいい」

口調も心の開き方も中学生に戻って、自分を見詰め自分を探す日々をいまに

おいたことは、彼にとってよくもあり必要でもあると思える。しかし現実にはもう

二十歳の彼に、堕する心を自戒する必要も示唆したかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

九年目の朝(11)

                       (拙書より)

ある朝の電話が彼からだと分かると、むしろ不審感が湧いた。

「ホントに文哉君? 早いのね。なんかあったんじゃないわよね?」

「ああ、はい、少し早くして、っていうか…。なってます、起きるの」

部屋を片付けてますと唐突に言う。片付ければ片付けるほどゴミが増えるから変

だと笑う。やり過ぎて熱が出て、二日寝込んだとまた笑った。それでいて「また電

話します」の後に恐ろしい一言を漏らした。

「片付けながらフッと思うんですよ。こうしておけば俺、死んでも迷惑少ないよなぁ

って」

「ちょっと! バカ! 変なコト言わないでよ!」

思わず喚いた私に「もう、自分からは死にませんよ」と彼は言い残した。私はまた

ティッシュペーパーの箱を抱え込む。『もう』に抉られて嗚咽した。母が知っていて

伏せたとは思えない。十六歳なのか十八歳なのか分からない。たった一人で死

うとした子が、しばらく私を泣かせ続けた。

泣いたり待ってはならないと自制したりの私をよそに、今度は十日ほどして彼は

電話の向こうからこう言った。

「センセ、料理好きですか?俺この頃はまりかけてます。やっぱり、なんか作るの

っていいですよ。作る仕事っていっぱいありますよね。何するかなぁ」

一週間もしないうちに、勢いこんだ声がした。

「『人は自分らしくないことしても続かないわよ』って、センセ言いましたよね。俺っ

てどんな人ですか?」

三日後に、

「共室の頃、センセ言ったよね、俺って創造力あるって。あのときのノート見つけ

た。あのときは落書きのつもりだったのに、いま見たら、なかなかだった。でもあ

れだけでセンセ分かるんだ。マジっすか」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

九年目の朝(10)

                           (拙書より)

「ああ、よかったぁ、電話して。センセ、ちっとも変わってないです」

いま笑った私はだらしなく涙声になる。

「尾崎君も、かわってないじゃん。カビ生えてるかって心配したもん」

「センセ、俺、行ったんすよ、二年前、鍵閉まってた」

「ウッソ!ええ?ほんとに? もう…、だから買い物もヤなのよ」

私は頓狂な声を上げた。口惜しさで身を捩った。私の言い方がよほどおかしか

ったらしく、忍び笑いが漏れてきた。間に軽い咳が混じる。

「ねえ風邪引いた?」

「いいえ。話すの初めてだから…。いや、久しぶりで…」

「バカねえ、何やってるのよ、まったく」

笑い飛ばすはずの声がくぐもって、目の奥が痛んだ。小さな間が空く。

「センセ、また電話していいですか?」

「もちろんよ。ねえあなたの時間って、今頃がいいの? なるべくこの時間空け

ておく」

文哉君は電話の終わりにこう言った。

「センセ覚えてますか? 共室をやめるとき、『文哉君らしい大人ってどんな顔か

な、見たいなぁ』って言ったの。もうしばらく待ってください。きっと見てもらいに行

きます」

電話が切れた途端に恥ずかしいほどたくさん鼻をかんだ。それがおかしくて泣き

笑いになった。

尾崎文哉君の電話は、初めの一、二ヵ月はそれほど多くはなかった。心のどこか

で待っている自分を絶えずたしなめた。憔悴しているであろう者にとって、待たれ

るのは負担になる。それでも笑い合った日から一週間、十日と間が空くと、それが

彼の二年の重さに思えて切なかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

九年目の朝(9)

                            (拙書より)

そんな無心無我の訓練を絶対必要条件に据えなければと思わせられたのは、

子を与えられたときだと振り返る。『よい母と言われたいために母をやっては

いけない』。それが子を授かったと判った日に私が天から諭されたと思ったこ

とがらであり、『愛する』とはそういうことなのだと心に楔を打たれた思いで聴い

た天の声ではあった。その延長線上の「共育共室」であろうとしてきたはずだ

った。

それなのに、親しげに通って来た母の行為に乗って、その子の心まで高を括

ったのか。懐かしまれるどころか、彼からすれば父の敵の仲間だった私…。

彼にというよりも、自分の堕落を直視することになった気がして、その衝撃の大

きさに打ちのめされた。

ひさびさに苦くて痛い自己嫌悪を持て余し気味だった一日が過ぎ、少し落ち着く

と謎が解け始めた。外部を遮断した日々は彼の神経を鋭敏にし、母を感じ取る

ぐらい訳のないことだったに違いない。離婚に至るまでの両親を見ていた者は、

蔑まれた母への同情と同時に、父や父方の親族への恨み言にも耳を覆っただ

ろう。確かに他人の私まで疲れ果てるほど彼女のそれは多かった。ときに相槌

にも窮して聞くだけに終始した。息子は離婚の原因も知っていると彼女は言った。

父の愛人に子ができたのだそうだ。ならば普通は母の肩を持つであろうに、自

分の母親を「あの人」と呼んだ子の中に何が屈折しているのだろう。自己嫌悪か

らもう忘れたいとすら思う端で、性懲りもなくまた考えている自分に苦笑いした。

翌日の昼過ぎまたベルが鳴ったが、彼のはずはないので気軽に応答した。「もし

もし…」。瞬時にのめり込むような言葉が、のどかな「もしもし」を押しのけた。

「すみません、許して下さい。ちゃんと挨拶もしないでいきなり…。尾崎文哉です。

昨日のこと忘れてもらえませんか、ダメですか」

弾けるように私は笑い出していた。

「忘れてもらえません。ゼンゼンダメです。一日中落ち込んでまだ腰が抜けてます」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

九年目の朝(8)

                             (拙書より)

母がたびたび通い詰め当人が言うように胸が軽くなったのが本当ならば、少な

くとも彼が荒れるのは解せない。母側の事情はたくさん聞いたけれど、彼につい

て私が問いかけたことの少なさを、彼との関わりに及び腰だからだとあらぬ呵責

を感じた。そして、二月も末になり公立高の入試時期になった。私の意識の中で

彼はさらに遠退き、公立の合格で共室は華やぎ、空の匂いは春めいた。

ひさびさの余裕に草花を楽しんでいたとき、電話が鳴った。手の土を払って摘み

上げた受話器は無言だった。とっさに「尾崎君ね」と言葉が飛び出した。「文哉君

でしょ?」。耳に押し当てた受話器の向こうは、人の気配が薄かった。数秒無言

の後で冷ややかに受話器のおかれた音がした。数日後、同じ昼過ぎに同じよう

な無言が数秒続き私もまた、同じ口調で名を呼んだ。ひと呼吸後、耳を疑うこと

になる。

「失礼ですが、あの人と父の悪口を言い合うのはやめてください」

それだけで切れた電話の前で、謂れのない羞恥心に身の置き所を失っていた。

恥ずかしさのもとは自分の思い込みだった。その母が渡したという手紙で、いつ

か拒否ではない電話か手紙が来ると思っていた。自惚れが砕け散った間の悪さ

がやり場なく尾を引く。

裏表なく純粋に大切だと思えば他人の子でも心は通う…。それがなまじな信念に

なると醜悪だ。そもそも「信念」など独り善がりの親玉みたいなものである。相手

が子どもであれ大人であれ、真にその人の心地よさ(あえて幸せという言い方で

はない表現をしたい)を願うならば、その人の本心を聴き取ることから始めなけ

ればならない。本心を『聴き取る』ためには半端な知識ほど邪魔なものはないし、

ましてや無意識であってさえ、自分の願望、自分の想像、自分の心地よさのため

に連想していることを相手のためだと錯覚する者には、それらがすべて壁になって

なにひとつ見えなくしてしまう。透明でなければならない。無心でなければならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

九年目の朝(7)

                             (拙書より)

文哉君の母は、二週間と空けずに訪ねてきた。四回に及んだ話し合いの八割

は、彼女自身の理不尽な扱われ方と辛さの吐露だったが、ひろい集めると文

哉君の五年の輪郭が見えてきた。想像どおり引き金は大学受験の失敗だった

が、意外だったのは美大を受けていたことだった。中学時代の彼が抱えていた

ものの正体がそれだったのかと、思い当たることがあった。共室の誰かが入選

したポスターを褒め合ったとき、彼は鋭い声で切り捨てた。

「そんな才能なんて人生を狂わすだけだ」

同席の子たちは気を呑まれて話をやめた。ちょうど欠席連絡の電話を受けて話

中だったので、運悪くその瞬間に私は立会っていない。知ったのは一ヵ月も後の

ことで、そのとき同席していた子の何気ない会話からだった。五年の輪郭以上に

思い出したその話が彼との距離を急に縮めた気がした。

さらに彼の母は最後の日に、息子を私のほうに押し出す言い方をした。

「実はこちらのお電話と先生が心配して下さっていることを、文哉に手紙書いたん

です。話はもう一年以上できなくなっていますので。もしあの子から電話があったら

話を聞いてやっていただけますか?」

自分はなにもかも聞いてもらって胸の中がすっかり軽くなったけれどと、何度も礼

や詫びを繰り返して彼の母は去った。

一番早い私立高の入学試験は、一月中にある。元日以外は特別指導も入り、緊

迫の日々が流れる。忘れはしなくても日々に取り紛れ、その母に会わなくなれば文

哉君は遠くなった。ふと思い出すとき、小さな悔いが過った。彼の母にもっと尋ねて

おくことがあった。特に私に会った後で荒れたのはなぜだったのか、彼の母の心

当たりを訊くべきだった気がした。一年以上話をしていないのならば、私に会った

その日メモでも渡したのだろうか。おそらくそうではない。彼は母を「感じて」いるの

だ。その確信に射貫かれて、二十歳の息子の「へその緒」はまだ切れていないと

思ったのだった。

ならば、なぜ、荒れた、のだろう…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

九年目の朝(6)

                           (拙書より)

本気でそんなことを言ったのですかと聞き返しそうになったが「はあ」とあいまい

な合いの手を入れただけで、その先を聞いた。お気に召さない千葉県に滅多に

来ない祖父が来たのは、孫の高校受験への提言のためだった。「こんなところ

にろくな高校などあるはずがない。A高にはなんとかここから通うにしても、こん

な地域の中学からでは受かるまいし、準備のためのましな塾などないだろう。

私に預けなさい、責任は持つ」

一晩中並べ立てられたという「私が預かる」必然性には、そもそも田舎の短大し

か出ていない母親などに子の将来は任せられないし、商社などに入った海外出

張ばかりの父親はいないも同然だという理屈が柱になった。それでも「預ける」

という返事が引き出せなかった祖父は、最大譲歩の条件をおいて帰った。それ

が「訳のわからん塾はやめさせて、せめて沿線最大の塾へ入れよ。私が手続き

して帰る」だったのだそうだ。

その日、文哉君の話はそれだけで、ほとんどがみじめな嫁の不当な処遇に終始

して、その夜は重苦しい時間で埋められた。彼女が時計に視線を運び始めたと

き、彼の話の少なさにたまりかねて尋ねた。

「荒れてとおっしゃいましたよね?大丈夫ですか、文哉君」

「はい、少し落ち着いたかもしれません。この間先生にお会いした後は珍しく荒

れたんですよね。こもり始めた頃は部屋の中をめちゃめちゃにしたんです。でも、

離婚した頃から収まって…。ええ、実は私、一年前に離婚したんです」

十一時近くなった帰り際に、持ち出されて続けられる話題ではない。当然のよう

に次の日曜日が予定される。

澱のようにへばりついた疲労感の下で、一つの言葉だけを収穫物のように見詰

めた。

「この間先生にお会いした後は珍しく荒れたんです」

二十歳の息子のへその緒は、まだ切れていない…。射貫かれたように、そう感じ

た。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

九年目の朝(5)

                         (拙書より)

彼女は共室の机に着くと、思いがけない詫びを言った。

「あのときは本当にすみませんでした。お気を悪くなさっただろうと、ずっと気に

なっていました」

思い当たることがまったくない。

「あのときって、何かありました? いつですか?」

「え? ああお忘れでしょうか…。いえ、それならいいんです。でもあれ、結局い

まに繋がってますから」

聞けば彼女が詫びたことは、文哉君が中学三年生になる直前のことだという。

彼が入室したのは中学二年の秋だったから、それから半年後のはずだと手繰

り寄せて、急に思い浮かんだことがあった。暗い顔で「共室、次の二回休むと思

います。でも心配して家へ連絡はしないでください」と言い、その言葉どおり二度

休んだ。しかしその後は何事もなく来ていたし、顔の翳りも消えていたので忘れ

ていた。思い出してみると、当時はしばらく気になっていた。

「やっぱり、あのとき何かあったんですね?」

「じゃあ文哉、先生には何も言わないままだったんですか?」

彼女の話によれば、退室させたはずだったのだそうだ。本人がどうしてもと言う

ので、一週間後仕方なく再入室させたのだと加えた。仕方なくと口が滑ったことに

うろたえて、また「すみません」と添え直し、その経過を話し始めた。

文哉君の父方の縁者は、地位も名声も財も得た人ばかりだった。祖父母の住ま

いは東京山の手の高級住宅地にある。祖父は元高級官僚であり、叔父の一人

は外交官、もう一人は医師、伯母は女子大の教授だという。

「主人はT大ニ浪で諦めたんです。K大からM商事に入ったんですけど、おじいち

ゃまはご不満で…。千葉県に土地を買ったのも我慢ならなかったらしくて、文哉だ

けでも預かると言いました。長男の長男だから尾崎の家には大切な子だと」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

九年目の朝(4)

                         (拙書より)

電話がきたのは一ヵ月あまり後だった。十一月末の共室は一年でいちばん忙

しい。受験校の決定に伴う母子の諍いも少なくない。そんなとき私は、仲裁役

よりも通訳になる。中学生の言葉は、しばしば日本語にならない。言語力不足

に、思い込みと憤慨と思いを早く伝えようとする焦りが混じって、ほとんど幼児

語に近くなる。さらに母本人の予想をはるかに上回る母への情が邪魔をする。

日本語にならないどころか、泣き喚いて自分でも収集がつかなくなる。大人の

母はといえば、興奮の度合いによって「あなたのためにお母さんは」を連発する。

「お母さんのために自分は」が胸につかえて言葉にならない子のほうは、さらりと

言える母が憎らしくさえなる。そうなれば修羅場だ。しかし両者の思いが分かって

聞いているほうには、本当は微笑ましい修羅場だ。だから一生懸命、通訳をする。

通じ合ったとたんに、寄り添うようにして帰る親子を送り出すと、ほっとしながらぐ

ったりつかれる。

そんな十一月の電話だったので、とっさにひと呼吸おいてしまった。小さな逡巡で

も過敏になっているであろう人には伝わってしまう。心で詫びながら取り繕った。

「どうしていらっしゃるかと思ってました」

「あのままご無沙汰してしまってすみません。文哉が荒れてたものですから」

「えっ!暴力もふるうのですか!」

ひきこもりや不登校の子が暴力的になっていくのは珍しくない。

「いいえ…、ええ…、でも私には…」

「よろしければ、こちらにいらっしゃいますか?お話伺うぐらいしかできないかもしれ

ませんが…」

電車で出会った日は面接だった、あの後勤め始めたので夜か土日以外時間がない

のだと彼女は言う。それでも会いたいと遠慮がちに言葉を続けた。日曜の夜に決め

て受話器をおく。その日時なら泣きにくる子も、ここが解らないと問題集を抱えて飛

び込んでくる子もいないと、とっさに思いついた。電話を切ってから、自分で探り出し

た答を自分で納得し、おかしくなった。日曜の夜はたいてい父親がいる。学校の刺

激からも時間が経っている。母子の生々しい諍いが起き難い。勉強しろというプレ

ッシャーも、日曜の夜ぐらいはかけられなくてすむだろう。ならば問題集を抱えて飛

び込んでくる子もいないはずだ。そうした子の大半は「センセに聞いてくる」という大

儀で、母の目から逃げ出してくるのだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

九年目の朝(3)

                       (拙書より)

彼の母は次の言葉を探しながらも、何度か腕時計を見た。話したい思いと帰ら

なければとの思いが拮抗して見えた。私にしても本当は早く帰りたい。思わず降

りた駅は自分の降りる駅の二つ手前だった。ホームに滑り込んだ電車に近づき

ながら言った。

「尾崎さん、私でお役に立つことがあったら、お電話下さい。日時を言って下され

ば時間つくります」

去る車両を見送り駅の階段を降りながら、私は今別れた人よりも五年を隔てた

彼の日々に囚われて、しきりに中学時代の文哉君を思い出しながら歩いた。そ

の頃の彼の緊迫感や視線の先の小さな棘、棘の根元の意外に深そうな哀しみ、

それらが一括されて記憶の棚に乗っている。ひどく抽象的なそれらが、仮に今の

文哉君の背景だったとしても、具体的な想像には手がかりが薄すぎる。夕方の買

い物客の間を縫いながら、虚を突いた母親の涙はほとんど忘れ、彼の日々への

もどかしさを引き摺って、知っている道だから迷わなかっただけの玄関に着いた。

翌日も翌々日も文哉君の母からは電話がなかった。肩透かしを食らった気がする

一方で、ほっとしてもいた。大きな子のひきこもりは難問中の難問である。彼を案

じたところで、五年もの空白がある。少年期から青年期への五年は、ときに十年

二十年にも値する。まして傷ついた二年は計り知れない長さに思える。少しばかり

の友情で埋められる期間ではない。私にできそうなことなど何ひとつ思い浮かばな

かった。もう一度彼女に会ってもせいぜい打ち明け話を聞くだけに終わりそうだ。大

人の打ち明け話を聞くのはある種の苦痛が伴う。生臭いのは苦手だし、子どものよ

うにそれを吐き出せば新しい何かを吸収するはずだとの期待もできない。いたずら

に割く時間の惜しさに苛立つまいとすることで消耗する。それでも共室の中学生のお

母さんに限って、精いっぱい愚痴を聞く。母の心が軽くなれば、魔法のように子が解

き放たれることがあるからだ。とはいえ二十歳の息子とその母に、即刻響く「へその

緒」が残っているとも思えない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

九年目の朝(2)

                        (拙書より)

遅い午後の小さな駅は人気がなくて、ホームの端のベンチは格好の場所に思

えた。坐るなりハンカチで顔を覆った彼女の嗚咽は、ありきたりな問いかけをた

めらわせる。私は所在なくただ彼女の背を摩っていた。痛ましさは湧いても、考

える材料も労わる種もない。

「すみません…」

もっと泣いていたいけれどもう切り上げなければというように、抑制した声で顔を

上げ、「ひきこもりって言うんですか、文哉…。もう、二年以上です」と、空虚な口

調で言った。

尾崎文哉君は優秀児だった。いわゆる成績のよい子である。ただ私の尺度で言

えば、少し不安を感じさせる子だった。普段から、受験に向っての緊張とは異なる

緊迫感をまとっていて、自我を抑え込んだ不自然な行儀良さが一緒にいる者まで

寛がせなかった。成績のよい子のなかには好成績を維持しなくてはと肩の力が抜

けなくて、余裕や弾力性を失っている子もいるが、そうした子にはなるべく早めに

冗談やまぜっかえしで、張り詰めたものを吐かせてしまう。そうしないと次の吸収

ができなくなる。しかし彼の場合は、余計な冗談などで集中力を殺いでくれるなと

いう厳とした拒否が漂っていて、迂闊なことはできなかった。ただ試験当日の朝、私

は電話をかけた。

「試験場へ入ったら、まずぐるっと見回すのよ。へえ、こいつら気の毒になぁ、俺と一

緒に入学式出られるの半分かぁって。そう思っただけで、プラス十点よ。分かった?」

「はい。分りました。ありがとうございました」

その声が一瞬涙声に聞えてはっとしたのだが、第一志望高に合格した後、彼は退室

して、その時の記憶も薄れていった。事あえて何があったという訳ではなかったから、

その母とは入退室の折り二度しか会っていないことになる。

予想もしなかった「ひきこもり」などと聞かされて絶句した私は、その頃の正体に顔を

殴られた気がしていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

九年目の朝(1)

                          (拙書より)

郊外を走る私鉄は、ときに意外な近さで木立や丘裾をかすめるカーブを描く。

少し前のめりになりながら、乱れ咲くコスモスを見送った。思いがけないところで

花に出会ったことが、帰宅への焦りを和らげた。

焦りといっても、時間に制約があるわけではない。いわばある種の癖のようなも

のだ。外出をすると往路からすでに、ひたすら帰りの時間を計り始める。こうして

いる間にも、思いを吐き出したい子が玄関に立ち、ブザーに応答がなかったらと

思うと落ち着かない。だからめったに外出しないのだが、その日は意を決して、下

校時間に合わせて、ある私立高の観察に出かけた。ひとりの通行人になって、校

門から出てくる生徒たちの顔をさりげなく見て、案内書にない知識にしたかった。

「低レベル」と言われる高校には二通りあり、世評に反して子どもたちには居心地

のよい学校がある。その年共室にいた成績不振な子のために、穏やかで健康的

な高校をぜひ見付けたかった。

視界からコスモスがさり、緩いカーブが反対側に体を反らせたとき、掴まっていた

乗降口側のポールに人の気配が近付いた。

「やっぱり先生、日永先生。尾崎です、文哉の母です」

「あ、え? ああ…、お久しぶりです、いまお帰りですか」

尾崎文哉君は高校合格後退室した五年前の生徒だった。私の降りる駅からさらに

二駅先に家があるはずだとの記憶が言わせた反射的な挨拶だったが、被せるよう

に加えた。

「文哉君お元気ですよね? 大学生、ですよね?」

言い終わりに上げた語尾が、口角に張り付いた。彼女の目にみるみる盛り上った涙

がこぼれ落ちそうになったからだ。私のほうがうろたえた。うろたえたはずみに彼女

を促して、ちょうど停車したホームに降りてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(17)

                      (拙書より)

ふたりは膝を乗り出して、深刻な顔で口々に訴える。私は迷いながらも、だんだ

ん彼等の思いに引かされていった。共室には別のコースもあることを知っている

のに、ふたりは「同じコースにだけは入れないで」と言ったのではない。「頼むか

ら断って」の意味は、学校も家も、コンビニさえも落ち着かない、せめてここだけ

は彼と無縁な場所にさせてくれとの切望なのだと沁みてくる。

「分ったわ。いっぱいで余裕ないって言う」

そう答えたとたん、さっと晴れた顔を見合わせて「ありがとございましたっ」と、声

もお辞儀も揃えたふたりは、それからしきりになにか囁きながら靴を履き、また一

人ぶんにしか聞えない声で「失礼しまーす」と帰っていった。

残されて同じ席に坐ったまま、私はしばらく自分の返事を反芻していた。「どんな子

でも受け入れる」が主義だったはずだ。押されて退いた、気安い妥協に思えなくも

ない。そして彼等のためにも、意に添わぬ者でも受け入れる努力こそが人の努め

と語る、絶好の機会ではなかったのか、そんな自責が燻ってもくる。頭の中では「偉

そうなもの」がうごめいて、しきりに異議を申し立てる。「主義は返上か」「要望を受

け入れるだけが愛情か」

たじたじと「偉そうなもの」に責め立てられて後悔しそうになったとき、胸の中から声

がした。「目の前の子を最優先できない大人なんて信用しない。そんなの偽善だ」

未だに、このときの葛藤と答えが尾を引いている。

未だに、なにが正しいのか私には解らない。

ただ、折に触れて、出会いを選ぶことも断ることもできない義務教育の先生たちに、

敬意や友情や同情が深まったことに思い至る。そう思う一方で、本当は誰にも、出

会いを選ぶことなどできはしないのだ、だから困ったり苦しんだりすることさえも尊い

のだと、神妙な思いに浸ることもある。

ちなみにケンとムラを悩ませた子の母からは、ついぞ問い合わせはなかった。私が

試されたのかと思わぬではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(16)

                         (拙書より)

ふたりは代わる代わる、旅行中べったりくっつかれっぱなしだったことを、辛そう

に話した。食事も隣、寝るのも隣、バスの席も隣、風呂から土産探しから電話を

かけるときまで…と、溜息を混ぜながら言う。

「こいつ必死で我慢したって。『一生に一度、三日だけだ』って。んで、最後の日

『友情の印、ずっと持ってて』って、同じポケモンのキーホルダー、ケンの鞄にも

くっつけた」

「ポケモン?あのアニメのポケモン?」

私は思わず声を上げた。

「俺、必死。いいよって、外して、返した。したら『趣味合いませんでしたか』って」

原田君はまた溜息をついた。「その後、もっと悲惨」と村井君が引き取る。

修学旅行の翌日、原田君の母にその子の母親からお礼の電話がきたのだとい

う。「あんたのことベタ褒めされて、お母さん鼻が高いわ。『今度遊びにお邪魔し

たいと言っていますのでよろしく』って言うから、どうぞどうぞ、こちらこそよろしく

って、言っといたわよ」。数日後にはスーパーで、クラスの子の母親から「みんな

が避けてる子に親切で、原田君って偉いのね」とも言われたそうだ。

「ケンのおばさん、すっかり舞い上がった。だからケン、なんにも言えません。家

にいると来られるの怖いから、ずっと俺んチ来てます。それも、おばさんには別の

家に行ってるって嘘ついたりです。おばさん、俺んチ知ってるから、教えたら来る

でしょ、あいつ。もう、なんでこうなるんかって、ホント、参ってます」

「別のコンビニもなんでか分かって、待ち合わせやめました。学校から帰るとすぐ

ムラんチ行って、メシ食いに帰ってすぐここへ来ます。学校もときどき行きたくない

日あります。ここにも来たら、俺、地獄です、マジで」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(15)

                          (拙書より)

原田君と村井君は一回ずつ休み、どちらもひとりで来た日は別人のように冴え

なかった。私は申し込みに来た日の「ムラんチ家建てたから」を思い出していた。

同じ中学に行けないと分かった日の彼等のショックが偲ばれて、ふたり揃うのが

待ち遠しかった。やっと揃った日、どちらにともなく「どうだった?」と訊くと、村井

君は「メシまずかった」とだけ言い、原田君は無言で情けない目を向けただけだ

った。

まもなくふたりは別々に共室に来るようになった。なにがあったのだろうと気にな

りながらも、気軽に踏み込んでは失礼な気がして、ひとりで気を揉んでいた。それ

でも帰りは一緒だし、並んで坐っている様子も、およそ仲がこじれているとは思え

ない。むしろより親密に、ひっそりとかばい合ってなにかを耐えているようにさえ見

える。見過ごせない思いが増して、やはり問いかけてみるべきかと思った夜「相談

があるけど、残っていいですか」と原田君が言った。当然のように村井君も残り、

ふたりは神妙な面持ちで坐り直した。

「先生、俺、わがままかもしんないけど、頼み、あります。どうしても聞いてください。

お願いします」

原田君が頭を下げると、村井君まで丁寧にお辞儀した。

「あいつの母親、ウチの母親に電話してきて、ここのこと、聞いてました。申し込ん

できたら、先生、頼むから、断ってください。いま、いっぱいで入れないとか言って。

お願いします」

今度は、ふたり同時に頭を下げた。真剣さにつり込まれて「うん、分かった」と言い

そうになったが、自制に似たものに遮られる。断るにしても欠席裁判は不当に思え

たし、知らない子でも中学生は粗末にしたくない。

「うん、でも、もう少し聞かせてくれる? なんか、ちょっと気が咎めるのよね。全然

知らない子、一方的に決め付けちゃうみたいでしょ。修学旅行でなにかあったの?」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(14)

                  (拙書より)

「日本人は最低だって。帰国子女とかに偏見を持ってる、それって安っぽい妬

みでしょ、もっとレベルの高い私立に転校させますって。先生謝ってばっかり。

一緒に行ったクラス委員むかついたって」

私は想像どおりの顛末に「やっぱりね」と言いそうになる。

千葉県の高校受験者が減り始めた1991年から5年半、ニューヨークに共室を移

したことがある。帰国子女が不登校になる原因は、もっぱら学力不足と聞いてい

たので、当初は「国語」と「社会科」「数学」など、外国で遅れる科目の学習を中心

に工夫をしていた。しかし1、2年経つうちに、意外な伏兵に気づかされた。帰国後

の親子から、チューリ君のようなトラブルの相談が手紙や電話でもたらされるよう

になり、帰国を控えた母たちもそれぞれどこからか耳にして不安を訴えに来る。

ある子は日本の英語教師に「その発音、わざとらしくて耳障り」と言われて授業に

出られなくなり、ある子は「意見が多くて生意気だ」と担任を含むクラス中から弾か

れた。ある子は無意識に漏らしたひと言を「自慢している」と決め付けられて、脱毛

や吃音に悩んでいた。事の発端はさまざまだったが、こじれかたと結末はほとんど

同じだった。「気取っている」と「妬みだ」の応酬であり、先生と親が絡むと、悪化す

ることはあっても容易に解消しない。双方とも大人の側に、日本よりも外国のほう

が素晴らしい、そこに住んだことのある者は別格だという、不思議な勘違いがあり

そうで情けない。どちらにも問題はありそうだけれど、修復不能なこじれかたを避

けるためには、チューリ君の母親のような言い方は控えたほうがよさそうだ。愛国

心がないなどと言われる若者たちも子どもたちも、まるで自分たちだけが部外者の

ような顔で、日本人は最低だの安っぽい嫉妬だのと言う日本人には、さすがに一線

を引いてしまう。

案の定、また聞きの共室の子どもたちも鼻白んだ面持ちで、声を落として囁きあって

いた。

「で、転校したんか?私立に」と原田君が訊くと「まだいるよ」。「学校来てんの?」と誰

かが問うと「校長とかまで謝ったからって、来てるよ、威張って」。

最後に村井君は、もうどうでもいいけどという顔で「高校はスイスへ留学するんだって

さ、ホントかどうかわかんねぇけど」と締め括った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(13)

                           (拙書より)

原田君が、やっと聞える声で言うと、私も含んだみんなは思わず息を詰める。

「ケン、釣られて握手」

息を詰めていた者たちは、揃って「ワッ!」と言った。

「だってよう、急にだよ、先生とか見てんだよ。俺、死んだ」

原田君は頭を抱えて机にうつ伏した。

「それからコンビニで待ってんの。こいつのこと、友達って思ってんの」

村井君はうつ伏した親友の肩に手を回すと、感慨深げな目をして話しだした。

「俺さぁ、今クラス変わってタスカリだけど、一年のとき、いたんだよ、チューリって

子」。「なんでチューリ?」と誰かが訊くと「小学四年までスイスのチューリッヒに、3

年いたんだって」と答えた。

「なにかっていうと、チューリッヒはこうだってぇのな、チューリッヒのチョコレートは

日本のより香りがいいとか、空気が全然違うとかさぁ。向こうの友達からいまでも

クリスマス・カードが来るとか、カードの印刷まで違うとか。で、わざわざ持ってき

た。したら女子が、日本のカードのほうが質がいいって言ったんだよ。で、ケンカ」

村井君は、そこで一息ついて私のほうを見た。以前住んでいたことのあるニューヨ

ークで、日本製の文房具は高級品扱いだったと、私が話したことを思い出したのだ

ろう。みんなはケンカの結末が知りたくて、勉強を中断してしまった。揃って村井君

のほうに催促がましい目を向ける。

「チューリの味方、誰もいなくてさ、んで、そいつ、チクリに行った、職員室。クラス中

でイジメたって。んで、誰も口きかなくなった。そしたら、二ヵ月も登校拒否。先生とか

ビビッて、みんなで謝りに行けとか、迎えに行けとか大変よ、もう。先生も何回も行っ

て、おばさんに怒られてヘコんだ」

「おばさん、なんて怒ったの?」

私の中に湧いた予想と、おばさんの言葉の差異が知りたくて口を挿んだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(12)

                         (拙書より)

次の回ふたりは、いつもよりだいぶ遅くやって来た。入って来るなり原田君が

「この次、俺、来られません」と言い、「俺はその次です」と村井君が重ねるよう

に言って、ふたり同時に「修学旅行だから」とつけ加えた。同じ市内でも、学校

が違うので日程がずれている。私は、一緒に行きたかったでしょうと言いそうに

なった言葉を飲み込んだ。そうに決まっていることを言うのはオバサン発想だ。

私は「分かった」とだけ答えてカレンダーに印をつけた。ふたりは浮かない顔を

して、鞄を横においたまま坐っている。様子が変だ。

「なにかあった?」

私の問いかけに顔を上げた原田君は、それまでに見たことのない情けない目

をして言う。

「迎えにきた、あいつ。旅行の買い物、一緒に行こうって」

もう笑いごとではすまないという顔の村井君が、後を引き取った。

「俺さ、ほんと、びっくり。コンビニに一緒に来たからさ。ケン、泣きそうな顔だし

さ。んで、いままで買い物」

共室にいた子たちが、一斉に顔を上げてふたりを見た。「あいつ」が前回の「イ

イトコ坊ちゃんぶりっこ」君のことだとは、すぐ察しがつく。みんな他人事に思え

ない顔をしている。

「ケン、昔っからクジ運弱いからな」

村井君は、もう話す元気もなさそうな親友のために、修学旅行の班分けのいき

さつを解説してくれた。

「絶対って友達二人だけは組んでいい、あとは抽選ってさ、先生。三人組いくつ

かあって文句出たけど、そんなら全部抽選だぞって言うから、あきらめて二人組。

ウチのクラスもそう。で、クジ。あいつんとき、シーン。ケン当たったときすっげえの、

隣のクラスまで聞えたって。ワーッ!って」

「ヤダ、かわいそう、その子どうした?」

予想が当たり過ぎて、思わず私が声を上げた。

「俺んとこ、ツカツカ来て、よろしくって、手、出した」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(11)

                      (拙書より)

ちなみに、死にたいと何度か漏らした女子中学生の悩みのもとになっていた

「みんなに好かれる子になりなさい」という母親の口癖は、大人の迂闊さ安易

さの代表的な躾として、いまだに抗議したいもののひとつである。彼女は泣き

じゃくりながら悲痛に訴えた。

「みんなに好かれるなんて、できっこないよ。できたとしたって、自分じゃない自

分を見せて、すごく疲れて、ウソモノの自分が嫌で嫌でまた疲れて、センセ、そ

んなにしてまで生きてるの、もう嫌だ。でもセンセ、嫌われるの、やっぱり辛いよ」

私は何度かこう言った。

「嫌われることにビクビクしてると、その及び腰が卑屈に思われて、かえって嫌

われるって気がするんだけど…。みんなに好かれようなんて、目標にすることか

なぁ。人の好みや評価なんていろいろでしょ?そんなの気にするより、自分らしく

一生懸命生きてれば?いきいきと充実してる人って、少なくとも嫌われないと思う

んだけど。もしそれでも嫌いっていう人がいたら、放っておけば?そんな人にまで

好かれなくてもいいじゃん」

中学生にはこれで通じた。彼女は「ああ、あ」と声まで伴った大きな溜息を吐き出

して、

「『みんな、みんな』って、変な言葉!騙されるトコだった。『みんな』って人間、いな

いんだ」

女子は男子より人気を欲しがるのかと、考えたことのない質問を投げかけられて

思い出した少女たちの向こうに、意地悪な勘繰りが湧いた。特に女の子に言う「誰

らも好かれる人になりなさい」は、評判を上げておけば、それだけ良い縁談が持

込まれるという古い目論見の名残かと…。苦笑しながら肝心の質問をしたふたり

目を遣ると、彼等はいつの間にか真面目な顔をして勉強に集中していた。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

かくれ難問題(10)

                         (拙書より)

― いじめられるとは、本当はどんなことなのだろう…。「好きになってもらえな

い」ことまで入るのだろうか…。好きになってくれない者を恨んで、恨めし気な目

で睨んだら「好きになれない」ところで止まっていた者も「嫌いだ」に、進んでしま

うだろうに…。そこで「好きになれない」ほうが憎悪の対象にされたら「嫌い」を悟

られぬために逃げるしかなくなる…。それとも、好きになれない者を好きになる努

力も、人間の義務なのだろうか…。嫌な者を避ける権利ぐらいあってもいいでは

ないか?…。でも…、子どもたちの座談会などで、いちばん辛いのはシカトされる

ことだと言う…。

人間のもっとも自然で素朴な感情であるはずの「好き」「嫌い」が、こんなに大変な

テーマになるのかと、私は立ち竦んでしまった。彼女を慰める術もなければ、好か

れるためのアイデアも浮かばない。ほとほと弱り果てた頃、転校するとのことで突

然少女は去った。挨拶に来た母は晴れやかに言い切った。

「この町の人たちって、みんな意地悪なんですよね。だから子どもたちもイジメに走

るんです。今度の町は私の友達が住んでいて、いい人ばっかりだって言いますから」

たった二ヵ月余りの縁だったが、自分の無能さへの苦々しさも含めて、いわく言い

難い経験になった。ただ、その後出会った、よく似た悩みを抱えた中学三年の女子

との関わりで、小学生と中学生の根本的な違いに気づかされた思いがした。

中学生は、内省する力を持っている。他人を恨むより自分を省みて高めることのほ

うが、辛くても解決に繋がることを理解する知性も育っている。自分を被害者に据え

て、易々と同情を求めることをよしとしないプライドの高さもある。あとはそれらを信

じて伴走してやる者がいれば、中学生たちの人間的な成長は目を見張るものがあ

る。それが中学生の魅力として、私を魅了する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(9)

                     (拙書より)

自分を叱りつけ、相手は子どもだ、なんとか工夫しなければと、気を取り直して

方向転換を試みる。

「ね、宿題とかないの?あったら一緒にやらない?」

「いいのいいの、お母さんとやるから」

「算数、特に分数忘れて、中学で困る子結構いるのよ。少しやってみる?」

「あ、分数は得意だから平気平気」

そして、それすらすぐ題材にする。

「中学でさ、分数で困るって、きっとモリユキオとかだよね。あいつ勉強全然だめ。

でもさ、新しい自転車とかゲームとか買うと、みんな呼ぶわけ。オヤツなんてケー

キよ、ケーキ。みんな行くわけよね」

ある日は、一枚の写真を取り出した。

「センセ見て見て、ほら、いつも言ってるコレがマツダユキね。こっちタニヒロコ。

こいつがいちばんいじめる。ヤナ顔してるでしょ」

彼女は鉛筆で顔を指し示しながら、何度も繰り返された名を言いざま、ガリガリと

引っ掻いた。

「よ、よしなさいよ、記念写真じゃないの、穴、空いちゃうでしょ」

恐怖に似た感覚が背筋を走り、声がうわずっている自分に慌てた。見ているこち

らにまで、憎悪が波動になって寄せてくる。たまりかねて、

「あなたがなんにもしないのに、どうしていじめるのかなぁ。本当に心当たりない

の?」と、暗に原因の一端はあなたにもあるのではという意を含んで問いかけると、

すかさず、

「だからずるいっていうわけ。みんな気に入った子とだけ、付き合いたいわけ。だか

ら、どうでもいい子は、シカト。それって、便利なイジメ。楽だもんね、なんにもしてな

いって言えるからね」

なるほど…と思いながら、考え込んでしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(8)

                    (拙書より)

「先生もお金持ちの子が好きなのよ、ヒイキばっかり、許せない」という具合だ。

少女は三十分の面談時間のほとんどを、怒りの吐露で埋めた。以後、個人指

導の週二回二時間ずつ、私は恨みの矢弾を浴びることになる。「私がみんなか

ら嫌われて苦しんでいたって、先生はマツダユキとか好きな子しか見ないから

ね。私なんかシカト。許せないよ」

「私が休んだって電話もくれない。タニヒロコとか金持ちの子が休むと、家庭訪

問だよ」

「モリマサミとかお金持ちの子のトコはみんな遊びに行くんだ。あれってオヤツ目

的でしょ。ずるいよね」

少女の話には毎回ほとんど実名が出てきた。回が重なるうちに、呼び捨てにされ

る数人は、どうやらクラスの人気者らしいことが分かってくる。私の中に微妙な不

信感が漂い始めた。いじめられて苦しんでいるのか、嫉妬で苦しんでいるのか判

別がつかなくなった。しかし、私のなすべきことは、少女の客観的な分析や冷やや

かな批判ではなくて、彼女を理解し受け入れ、少しでも穏やかに朗らかに、小学生

らしい学校生活を楽しめるように手伝うことなのだと、必死で自分に言い聞かした。

だけれど、私は実にしばしば立ち往生した。相槌を打たないと「センセも変だと思

わないんだ」と抗議し、うっかり同情したような一言を漏らすと「あんな子でも親は可

愛いのかねぇ」と少女とは思えぬ表情をして、その子をこき下ろす。ある日は、はし

ゃぎながら飛び込んできて「ヤッター。天罰ってあるよね、いつも私をいじめるヤナ

セナオコ、今日捻挫。カッコつけて飛ぶからよ、跳び箱」。

私はだんだん会うのが重苦しくなってきた。今日は来る日だと思うと、朝から何度か

体裁よく断る方法はないものかと逃げ腰になっている自分に気づく。もう大人失格で

あり、先生などと呼ばれる資格はない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(7)

                   (拙書より)

ふたりは急に声を潜めてなにか話し続けていたが、揃って私に目を向けると、

「センセエ、女子って男子より人気ほしがりですか?」と、突然訊いた。はて、ど

うだろうと言葉を探していると、質問というより、女子のひとりとして私宛てに不

信を言いたかっただけなのか、答えを待たずにまたふたりでしゃべり始めた。

私では訊く相手に相応しくなかったと思ったのかもしれない。

「やっぱ人気病だよ、あれ。みんなに好かれたくてさ、あっちこっち色気振りま

いてさ、んで、みんなに嫌われてんの」

「バッカだぁ」

ふたりの会話を聞きながら、私はある女の子を思い出していた。

「イジメに遭って、ときどき学校を休むようになりました。このままだと不登校に

なります。個人指導で話を聞いてやってください」

ひとりの母が訪ねて来て、どれほど悲惨な状況かを涙ながらに訴えた。その子

は六年生になったばかりだという。

「担任にいくら頼んでもだめなんです。勉強も運動も劣ってますから、可愛くない

んだと思います。少し喘息気味で、食も細くて、熱も出しやすくて…」

気の毒な母にも胸が痛んだが、改めて連れてくるという病弱そうな少女にも、相

当な思い込みで同情した。

しかし数日後、連れてこられた子は確かに細かったが、およそ弱々しくは見えな

かった。彼女は母をさえぎって、イジメの状況を声高に話し始めた。内容は母親

の話と同じに「シカト」という無視される日常についてだったが、怒りの激しさに気

圧されて、私が加害者として責められているのかと錯覚しそうになる。語尾には

とんど「許せない」か「みんなずるい」がつき、間には「お金持ち」が何度もはさ

まった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(6)

                   (拙書より)

結論にもならない結論に、釈然としないまま顔を上げると、勉強を始めたと思っ

ていたふたりが、またヒソヒソとなにか話している。彼等もまだ釈然としないのだ

と、声をかけた。

「原田君、クラスでその子と席近いの?」

ふたりはおしゃべりを叱られずに、むしろ吐き出すチャンスをもらったとばかりに

乗り出した。

「ううん、今は離れた。ニ年の三学期はずっと俺のすぐ前。なんかっていうと振り

向くわけ。俺さあ、だんだんビクビクしてきて、いつ振り向かれるか落ち着かねぇ

の、参った。席替えの日、生き返った。今二つ後ろ」

「前ってヤベーよな。俺、小学校のときさ、変な女子いて、振り向かれるたんび、

エッ。離れたとき、目の前、晴れた」

村井君も実感をこめて言う。

「何年のとき?どんな女子よ」。原田君は初耳だという顔をする。

「お前とクラス別れた五年のとき転校してきた奴。なんつうか、うまく言えない。あ

のさぁ、色気っぽい奴」

「はぁ?五年でかぁ?美人か?」

原田君はニヤニヤした。

「映画とかで、知らない男にでもウィンクとかする女いるじゃん、ああいうの」

「お前にもウィンクすんの?」

「じゃぁなくて、それっぽく、私のこと好きだよねって目すんの」

原田君は、さっきまでの自分の悩みも忘れたように「好きだったんじゃねぇの、お

前のこと」と、肩で小突いた。村井君は思い切り顔をしかめると、小突かれた肩で

原田君が仰け反るほど押し返して

「違うって!それ、みんなにやるんだよ。女子にも、先生とかにも」

「なんだ、それ。ヘンタイじゃねぇの?」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(5)

                      (拙書より)

イイトコ坊ちゃんに「男子中学生らしい自然な牛乳の飲み方」を指導するわけに

もいくまい。かといって他の子たちに、小指を立てようが立てまいが、それは個人

の好みであって、異端視するのは間違いだなどと、お説教もできない。そんなとき

自分が担任であっても白々しく「はーい、みんな仲良くして」と言うのだろうか…。

いったい、「仲良く」とはどういう意味なのだと、追求したくなる。「仲良く」が「争わな

い」を指していると単純に考えて押し付けるからイジメが生まれるのだ、そんな飛

躍が胸の中に湧いて苦笑する。自分が日頃から「イジメ」というものに、一般論と

違う視点を持っていて、またそこに行き当たった気がしたからだ。私の「イジメの

因論」は、「偽善への集団癇癪」である。

子どもたちにいつも浴びせられるのは、「学習に励め」と「暴力はだめ」と「命の尊

さ」である。子どもたちを遣り切れなくさせるのは、そのスローガンではない。子ど

もにも大まかには分かっているそれらを、なぜそうなのかと踏み込まれたら、自分

の言葉で答えられそうもない大人たちが、振りかざすことにある。「仲良く」にしても

どんなときどうすることが、本当に仲が良いことなのか、吟味も説明もなく掲げられ

る。無条件に守ろうとすれば、どうしても好きになれない者と無難に過ごすために、

それとなく避けて無視するしかなくなる。いわば「仲良く」を「ことなかれ」と同意語に

据えて、その場しのぎをさせてしまう。そんな生き方は、中学生たちをいちばん腐ら

せる。絶えず苛立たせ、むかつかせ、不自然な我慢で疲れさせる。

そもそも学校なんてと、自分の中で開き直ってみる。社会に出て仕事を始める段に

なってから、好きだ嫌いだとケンカなどしていられないから、働かないでいられる子

どものうちに、人との関わり方を練習する場ではないのか。好かれたり嫌われたり、

揉めたり仲直りしたりの中から、体得し学習していくべきものであって、子どもはス

ローガンを暗記するために学校へ行っているわけではない。

― 私なら…、みんな仲良くしようなんて、言えないし、たぶん言わない…。言うなら

なんのためにどうすることが「仲良く」なのか、そこから話し合わないと…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(4)

                   (拙書より)

「そういうのとも、ちょっと、な」

ふたりはどちらからともなく、ほとんど同時に言って顔を見合わせる。コンビニ

で村井君も見かけているから、親友への安易な同調ではなさそうだ。

「イイトコ坊ちゃんぶってる、って感じ。な」と頷き合った。

「こんばんは、って、そういう挨拶アリでもさ、同級生とかに言わないでしょ、セ

ンセ。俺、言ったことも聞いたこともねぇもん」

村井君は、その不自然さが私には分かるはずだという顔で、口を尖らした。後

を受けて原田君は、給食のとき膝にハンカチをかけるのだと複雑な表情をして

見せ、牛乳の飲み方まで真似た。牛乳を持った右手の小指を立て、左手は下

に添えたゼスチュアで、実に恨めしそうな目をする。

「わぁ、ヤバイなぁ。私もだめだぁ、そういうの…」

少なくとも障害で悩んでいる子ではなさそうだと思ったとたん、気が緩んでつい

本音を漏らした。二人は、自分たちの当てにしていたとおりの私の反応で、少し

は溜飲が下がったのか、坐り直して勉強道具を取り出した。

私のほうは、思いがけなく聞かされた、変わった子の話から、簡単に抜け出せ

なくなった。どちらかと言えば人間嫌いかと思う自分が、中学生に限っては無条

件に好きになれると思っていたのに、それは好きになれない子に出会わなかっ

ただけではないかと振り返ると、急に自信がなくなる。自分を疑い始めると、私

の何倍もの生徒たちと接触する、学校の先生たちに思いが及んだ。当の「イイ

トコ坊ちゃんぶりっこ」君を、担任の先生はどう扱っているのだろう…。

みんな仲良く、まとまったクラス…、担任になると先生たちは、まずこの目標に囚

われるらしい。そんな折、あからさまに和を乱す子はさておき、個性としての変わ

り者と、その子を遠巻きにして馴染まない子たちをどう融和させるか、その苦心

はおそらく笑いごとではないだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

かくれ難問題(3)

                    (拙書より)

待ち合わせにはもっと都合がよい。雨も暑さも寒さも完全に凌げる。相手が遅

れてもその間に会った誰かとしゃべって、退屈もしない。文字通り「コンビニエン

ス」だ。店にとってはささやかな売上げ増より迷惑度のほうが勝っていそうな気

もするけれど。

「やっぱ、あっちにしようって。俺、学校だけで、かんべんしてよって感じ」

玄関から原田君の声がした。その後ろから村井君が「でもさ、5分は損だって。

あんな遠回り」そう言いながら、私と目が合うとお辞儀だけで、いつもの席に二

人で並んだ。原田君のほうは、挨拶どころではなさそうな深刻な顔をしている。

「うーん、だってよう、ここんとこもう三回じゃん『原田君、こんばんは』。ヤベー、

オカマ」

原田君は体をくねらせてから、手で払い退ける仕草をして顔をしかめた。

「学校でシカトされるから来るんだよ。『原田君お友達になってくれたはずよね』

とか」

村井君も身をくねらせて、声色を変えた。

「やーめろよ、気持ちワリー。俺、修学旅行辞めよかなぁ。あんなのと三日もいた

ら飯食えねえ。ああ、ヤベー」

原田君は両手で頭を抱えると机にうつ伏した。「どうしたの?」という顔を向けると、

村井君は原田君の肩に腕をまわして、気の毒でも笑いは勝手に漏れるんだという

くすぐったそうな表情で「センセこいつ、悩んでる」と言う。言葉の端ばしからおよそ

の見当はついた。気色悪い雰囲気の子が、いつもの待ち合わせ場所に現れて、

親しげに声をかけてくるから店を変えようとのことらしい。それまで一度も話題にな

ったことのない子の話なので、近付いている修学旅行と関係ありそうに思える。

「本当にオカマなの?」と私なりの思いもあって尋ねた。「性同一性障害」と呼ばれ

始めた不幸な事情の人々に、痛ましさを感じていた折だったので、そうでなくても物

思いの多い中学生ならどんなに辛いかと、知らない子のことでもつい踏み込んだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(2)

                          (拙書より)

中学生の物言いは省きすぎが多い。彼等の主な伝達手段は、言葉や文字では

ないのではないか、そう思い始めてから十年以上になる。以心伝心という言葉

があるが、その送受信能力が異様に高まるのが中学、高校時代かもしれないと

密かに珍説を温めている。彼等にとって言葉は、具体的な事象を指す以外、添

え物にすぎないと思うことすらある。この場合を例にすれば、「家を建てたから」

と言ったのは、申込書を見た私の中に湧いた「仲良く一緒に来た二人の中学校

名が違うのはなぜだろう」という疑問を、瞬時に察知したためであり、さらに言え

ば私の受信能力まで感じ取ったからである。その後付け加えた説明は、「この人

は、大人にしては受信能力がありそうだけれど、それでも所詮は大人のひとりだ

から、もう少し資料がないと無理だろう」との判断からきている。

「まあ…。惜しかったわねえ、そうだったの…。家建てるのって、完全に大人の世

界だものねえ…」

彼等の受信能力を当て込んで私も言外に「同じ中学に通える範囲で土地を吟味

してくれたらよさそうなものを、そんな選択基準なんて、大人にはないのよね、残

念ね」をこめてある。

二人は身を乗り出して「はい」と言い「なっ」と顔を見合わせた。

原田君と村井君は途中のコンビニで待ち合わせて来るらしく、それと思わせる会

話を混ぜながら入ってくる。帰りも必ず一緒に帰る。「またコンビニによるの?」と

聞くと「あ、はい、ええまあ」と声を揃える。中学生たちの多くはコンビニが好きなよ

うだ。買い物に行くというより、誰かに会うかもしれないという軽い期待のためらし

い。

普通は誰かと会うには約束が要る。申し出て約束するには理由が要る。しかし、

束するほどの理由がなくても、あるいは誰とかぎらなくても、ただなんとなく人に

会いたいときもある。そんなときコンビニは、打ってつけの場になる。店内で立ち

読みしたり文房具を見たりしているうちに、顔見知りがくればジュースを一本買う

などして、駐車場の端でおしゃべりする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かくれ難問題(1)

                      (拙書より)

子どもたちを集めたテレビの座談会などで「なんでも話せるのは誰か」と問うと

ほとんどの子は「友達」と答える。高校生を集めた番組で「今一番悩んでいるこ

とは何か」と尋ねたら、何人かの子が「友達はたくさんいるが、親友がいないこ

と」と答え、しばらく心に残った。子どもたちに、漢字の面白さを伝えたくて購入

した『漢字遊び』(講談社現代新書)という本で、「友」の同義語が60近くあったこと

に、みんなで感動しあったこともある。

一生の中で「親兄弟」「恋人や夫婦」「師弟、先輩後輩」など深い関わりを持つ

者がいるが、みなそれぞれに情以外にも、義理や利害や惰性も絡んで、関心

や好意の消滅だけでは縁が切れない。

しかし「友人」という関係には拘束するものがない。ある日どちらかが、あるいは

両方が、相手への関心を失って疎遠になれば、簡単に縁が切れて恨みすら残

ない。つまり、因果や制約で成り立っていない人間関係が友人である。それだ

けに、長い親交を保っている「友人」は、人の縁の中で最も純粋で別格なもので

はないかと感慨深いものがある。

共室に、自他ともにこれが「親友」なのだろうと思えるふたりがいた。ムラと呼ば

れる村井君は、原田君をケンと呼ぶ。健二郎のケンに違いないが、ある日「ケン

ちゃん」と呼びかけて、気の毒なほど照れた。幼馴染みが中学生になって修正し

たのかと思われ、それなら村井君は「ミッちゃん」だったのかと、光男の名から連

想して微笑ましかった。

ふたりが幼馴染みなのだろうとの推測は、入室時のクイズのような説明がヒント

になった。揃って訪ねてきて並んで書き終えた申込書を、同じ仕草で差し出すと

一息飲んで原田君が言った。

「ムラんチ、家建てたから」

言ってはみたものの、それでは説明になっていないと思ったらしく、顔を見合わ

せてつけ加えた。

「あとちょっとこっちに建てれば、同じ中学でした」

それでも充分な説明とはほど遠いが、幸いこの種の推理力だけは絶えず鍛えら

れている。おそらく建てた家の所在地が、わずかの差で学区の境界線を跨いで

いたのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪崩のあとさき(13)

                      (拙書より)

五月半ば、彼は修学旅行に行った。六月の彼は意欲的だった。七月の彼は

もっと熱中した。修学旅行で中間テストがなかったぶん、範囲の広くなった期

末テストに向けて、憑かれたように勉強した。頬の丸みが落ちて、顎が角張っ

て見える。「寝不足じゃないの?痩せてない?」と聞くと「いえ、一センチ伸びま

した。体重は同じです」と胸を張ってみせた。

中学三年生は、人間の一生のうちでも、特に感動的な変化を見せる子が多い。

少年の面差しから青年の顔に移ろう刻々は、山の中腹を流れる雲が山肌の色

を変えていくさまに似ている。少しずつ、独りで歩かなければならない日に備え

て甘さを脱いでいくさまに、エールを送るよりも涙ぐましくなる。

孝一君は、期末テストで全科目平均点を超え、数学の先生に「お前、ずいぶん

頑張ったな」と声をかけられたと伝えてくれた。

終業式の夜、彼の母から「明日、伺いたい」と電話があった。翌日、キュウリや

ミニトマトでいっぱいのポリ袋を提げて、そこだけよく似た切れ長の目の人が現

れた。相変わらず気忙しそうに、挨拶とトマトの話を取り混ぜて述べたが、その

日は腰を降ろした。

「まず先生にと思って…。見てやってください、あの子、本当に頑張ったんですね」

彼女は嬉しそうに、二つ折りの通知表を広げて差し出した。面談の日示された中

学一、二年の通知表のほとんどを埋めていた②が消えて、④が二つあった。学

期の講評欄を読んでいる途中で、待ちきれないように「あの…」と声がする。

「先生…、あの子、何していただいたんでしょう…。十年も悩んで、あちこち相談し

てダメだったヤニョウショウ、こちらに伺って一ヵ月ほどでピタッと止まって…。お

蔭様であきらめていた修学旅行も行けました。半信半疑だったんですけど、一度

もありません、もう」

頭の回線が繋がらない。ヤニョウショウ?夜尿症?

「嘘!何も、してません!」

私はたぶん叫んでいた。そして、支離滅裂なことを言った。

「何もしてません。ホントに何もしてません。ただ、ちっちゃな孝ちゃんと雪穴掘っ

て、ふたりでずっと坐ってました。修学旅行、隣のおばさんと、関係なかったんだ」

呆けたように坐り続けた私には、その母がいつ帰ったのか、記憶がない。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

雪崩のあとさき(12)

                                (拙書より)

「わあ!どうしたの?すごい大根!」

「ウチ、畑やってます。広志、土いじりすきだから。葉も食べてください。無農薬

です」

もらった側の私よりいそいそと、ずしりと重い大根を手渡した。

「あの、たぶん、まだたぶんだけど、俺、修学旅行、行けると思います」

「まあ!本当?」

応えながら、「どこにも行ったことがない」としゃくりあげた日がズキンと蘇った。

弟がなついていると言っていた、隣のおばさんのお陰だろうかと、見知らぬ人

に感謝した。

「それと、あの、俺、B高狙ってみます」

「えっ!ほーんと?すごーい、C高より上じゃない!」

あの日たくさん泣いたのは、小さな孝ちゃんだった。少し大きな孝ちゃんは嗚咽

を噛み殺した。大きな孝一君は、噛み締めた奥歯から切れ切れに、うめきに近

いいくつかの言葉を搾り出した。

「父さん『なんだこの成績は!C高も行けないだろ!父さん、こんなみっともない

通信簿もらったことない!』って言った」

そう言いながらすぐ、その父をかばった。

「父さん、海外ばかり行ってる。忙しくて疲れてるんだ。だから癇癪起こすんだ」

母のことはもっとかばった。

「母さん大変なんだ。ときどき、すごくかわいそうなんだ」

だから俺しっかりしなくちゃなんだ…うめきの底から、そう聞えた。

あの日からわずか一週間目の彼は、漲るような気力をこめて志望校の名を言

った。

「うん、がんばろ!B高だってA高だって、あなたなら大丈夫よ」

…小さいときから、お母さんやお父さんまでかばってオニイチャンをやってきた

だもの…、あなたにできないことなんて、ないわよね…。

私は麓で雪山を見上げる者に似ていた。雪の量を誇らず恨まず、山はそこに

在る。だから人は惹かれるのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪崩のあとさき(11)

                      (拙書より)

「孝ちゃん、泣かない、もう泣かない」

私は不器用に、そのときの彼にはあまりに不似合いな大きな背中を摩っていた。

聴き取れない言葉と、知らない子の名前と「父さん」「母さん」が混じり、歯を食い

しばって「ボクガマン、ボクオニイチャン」を搾り出す。そのたび背中が引きつった。

時間も場所も、壊れてしまった。

私たちは、幼稚園の砂場でユキオ君に壊されたトンネルを一緒に作り直した。「ボ

クね、ケンカしないんだよ。お母さん困るから」「えらいわね、ホラ、もう直った」

広場で新しい自転車を乗り回すタケちゃんを見て「ボクね、オニイチャンだからガマ

ンするんだよ」「えらいなぁ…。きっと、孝ちゃんにもお父さん買ってくれるわよ」「そう

だよね、買ってって言わなくても、ね。だからボク、ガマンする」

家族で出かけるマキちゃんを見送った。「ボク、行けなくても泣かないんだよ。オニ

イチャンだからね、オニイチャンは泣いちゃいけないんだよ」

ハルキ君の子犬を触らせてもらった。「ボク忙しいんだ。広志とか見てあげなくちゃ

でしょ。だからね、子犬面倒見られないからね」

「孝ちゃん、泣かない、きっとお母さん猫が探しにきてくれる。だから公園へ帰してあ

げようね」。拾った子猫を捨てに行った。

二人が共室に「戻った」のは夕暮れだった。

日曜から日曜までの間の二回の共室は、私たちの照れ臭さを和らげるには、恰好

場になった。肩越しに英訳のヒントを伝え、隣の子のだじゃれを笑い合う。一緒に

いた記憶は、面と向い合わないで会えるチャンスの中で、生臭さが洗われた。

四回目の日曜日、玄関を開けると同時に声がした。「センセ、コレ」。「なーに?」と近

付くと、顔の前に盛り上った緑が差し上げられている。ポリ袋から四方にあふれ出た

大根の葉だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪崩のあとさき(10)

                  (拙書より)

三度目の日曜日、彼の着きそうな時間に、開けた窓から大きな雨粒が飛び込

んでくる。「わっ!」と言いながら駆け寄って、閉めた窓ガラス越しに雲を探した

が一切れも見当たらない。「キツネの嫁入り」とは誰が言い出したのだろうとし

ばらく空に見惚れ、それからはっとしてバスタオルを抱え込むと玄関に走った。

ほとんど同時に孝一君が飛び込んでくる。

「やられたわねっ!」と頭からタオルを被せた。被せたついでにかたちだけ頭を

拭きながら、すぐに伸びてくるはずの手を待った。プライドの高い中学生は、気

安く触られるのが嫌いなはずだ。でも、引っ込めるつもりの私の手は、引くタイ

ミングを失った。彼は突っ立ったまま拭かれている。妙に照れ臭くなって「はい

っ!後ろ向く!」と幼児扱いすると、本当に幼い子のように小刻みに歩を回して

後ろ向きになった。肩や背中をタオルで叩きながら、予想外な態度に内心うろた

え気味の私は「ったく、思いっきり伸びたもんね」などと軽口で間を埋めた。もう

拭くところがなくなっても、孝一君は棒立ちのままだ。

「お、わ、り」と言うと、呆けたようにスタスタと席に向った。釣られて私もタオルを

持ったまま後を追う。

「明日、ディズニーランド、行きます」

机の前に立ったまま、セリフを棒読みするように言った。空中の一点を凝視して

いる。言葉は明瞭でも、様子が変だ。私は横に突っ立ってただ顔を見ていた。

「俺、行ったこと、ない、のに、弟行きます」

途切れとぎれにそれだけ言うと、力が抜けたようにドスンと坐った。繋がれた品

物のように、私までストンと並んで坐った。

「タケちゃんは二回、も、行ったんだ」

孝一君は机の上に、握り締めたこぶしを二つ、押し付けるように置いた。

「タケちゃん、広志いじめたとき、俺、殴った。そしたら、父さんに、殴られた。母

さんは、なにも、聞いて、くれない」

言葉がブツブツ切れて、「母さん」のところで声がうわずった。

「ユタカ君、なんか!」

並べたこぶしで机を押し潰しそうにしながら、悲鳴に近い声を上げた。声と一緒に

大粒の涙があふれ落ちた。ヒクッとしゃくり上げる声がすると、のしかかるようにし

ている机の上やこぶしに、涙がポトポト落ちた。目の前にいる子は、中学生ではな

かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪崩のあとさき(9)

                    (拙書より)

思いを振り切るように声がした。

「うん、いいわよ。あのね、途中で話したくなったら、おしゃべりして。急にしゃべ

っても、全然びっくりしない。いっつも孝一君ペースでいい。眠かったら寝てもい

い。枕、出してあげる」

「枕」で、彼は目を見張り、少し笑った。そして、うっかりこぼした笑みを払うよう

に口元を引き締め、真新しいノートを開いた。

数学は、苦手な子のほとんどが躓くところで躓いていた。分数、四則計算、括弧

の扱い…。説明すると呑み込みは速く、注意には忠実で、みるみるいくつかの計

算をこなせるようになった。「面白いでしょ」と言うと、じっと机の端を見詰めていた

子とは別人のように晴れやかな顔を上げて「はい」と答えた。

共室でも二度目の日曜日にも、彼は計算に熱中していた。その集中力は、学力

不振の原因が注意力散漫にあるのではないと確信を持たせる。楽しそうにすら

見える彼の取り組みを見ていると、基礎の欠落が自信も興味も失わせたという、

よくある理由に思い当たる。

基礎学力という言葉はよく言われるが、子どもの側からは、どんなことを指してい

るのかほとんど分からない。しかも、どの学年ぶんのどんな基礎かは、なお不明

だ。「関数」が分からないと困っている子の躓きが、分数のせいだったという笑え

ない発見に何度も出会った。たった五、六個の助動詞が原因で英語に自信を失

う子、県名を覚えていないだけで地理は苦手だと思い込む子、そうした子たちを

「勉強ができない」という一括りの中に押し込んで、どこで引っかかっているのか

を探してやることもせず、ただ「勉強をしなさい」と繰り返すことの不当さに、怒り

を覚えることが少なくない。

孝一君の中にどんな屈折したものがあるにせよ、少なくとも学力を引き上げる手

がかりは見つかった思いで、勉強を手伝うのが楽しみになった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪崩のあとさき(8)

                    (拙書より)

「ね、バッグの大荷物、教科書?問題集?」

私は重くなった空気を払いたくて、陽気な声をかけた。

「山谷先輩に、聞きました。あ、あの」

返事の代わりに彼は、初日そっくりに言いかけ、そっくりにプツンと切った。

「ん?…。山谷君、なに言ったのかな。今日は聞こうっと。時間たっぷりあるしね。

さあなんだろ…。そっか、分かった、鬼婆って言ったでしょ。シゴいたからなぁ、受

験間際」

「い、いえ、違います。あ、あの、先輩…言いました、ずっとしゃべってたって、勉強

より多かったって、でも、成績上がったって、魔法だって…」

孝一君は訴えるような目をして一生懸命言い続け、もっと言葉を探して必死に視線

を泳がせた。続く言葉が出てこないことに焦って、しきりに瞬きえおすると大きな溜

息をついた。

「なあんだ山谷君バラしたんだぁ…、そうなのよ。実は魔法使いのババアだったの。

呪文でみんなの成績上げちゃう…って、なりたいなぁ…。ホーント。ん、いいのよ、お

しゃべりしても。しゃべるのって大事よね。言いたいことあんまり溜め込んでると、心

だって便秘になるもの…。そしたらもう食欲なんて出ないよね…」

彼は乗り出すようにして聞き終えると、上半身全部で溜息を吐き出し、机の端をじっ

と見詰めている。

「山谷君…だけじゃなくて…登校拒否って…思いが詰まって、心の交通マヒだって思

うんだぁ…。登校拒否じゃなくても、そういうの辛いよね…」

私は彼から視線を逸らして、ぼそぼそと独り言をもらした。開け放した窓から小さな風

が流れ込んで、ふとできた間を崩すと、

「数学、教えて、ください」

思いを振り切るように声がした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪崩のあとさき(7)

                     (拙書より)

私は家族欄を思い浮かべた。弟は中学一年、小学四年の二人で、後を追って

泣くかもしれない小学一年の子は、たしか妹だったはず…。

「弟って、四年生の弟さん?」

いえ、すぐ下、です」

中学生の?と声にしなかったのに、彼は続けた。

「いつもです。でも、俺、長男だから」

どうも腑に落ちない。

「あ、弟、ヨウゴです。でも、少し助かってます。隣のおばさん越してきたから」

ヨウゴを急いで「養護」に変換し、さらに「養護学級」にすると、真っ先に納得でき

たのは初日の母の落ち着かなさだった。同時に、しばらく尾を引いた自分への不

審も少し解消した気がした。不審はそのときの「先に帰っていいよ」と言った彼の

声からだった。労わるような優しさのずっと奥に、なぜ哀しさを感じたのだろうと、

しばらく不思議でならなかった。

「そう…。ね、逃げたって言ったよね。これから日曜のたびにそれって大変でしょ

う?あのね、時間のことだけど、弟さん…広志君…だっけ、彼に合わせない?二

時からじゃなくてもいいわよ。その日の都合で、早く着いてもいい。三時になって

もいい。そこから、二時間に、しよ?」

「あ、でもいいです。ずっと、だったから…」

孝一君は下を向いて、抑揚のない答え方をした。

「でも、私、心配だもん。焦って自転車漕いで、事故ってないかなとか、泣かれて孝

一君も泣きそうじゃないかなとか、顔見るまで落ち着かないもの。ね、そうしよ?」

彼はゆっくり顔を上げると、こちらが気後れするほどマジマジと私を見詰めた。

「ね、そうしよ?」と、もう一度言うと「すみません」と小さく呟き、それからそっと溜息

をついた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪崩のあとさき(6)

                      (拙書より)

翌日、孝一君は七時ぴったりに、大き過ぎる体を憚るような姿勢で、そっと入っ

てきた。「こんばんは」と言うと「はい」と答え、慌てて「こんばんは」と言い直した。

まだ誰もいない共室で、すわる場所に戸惑いそうなので「好きなトコ坐って。決ま

ってないの」と声をかけると、入り口から死角になる隅にそっと坐った。ゆったり

したトレーナーを着ていたぶん、見ている私のほうがホッとする。

一人、二人と、馴染んだ子どもたちが入ってくる。入り口からは死角でも、大きな

新入り君に気づかない者はいない。それでも中学生たちは気づかない顔をする。

近頃は、ウケを狙ったり、安易に常識的な行為に従う子が増えてきて、こんな場

面では紹介したりされたりを心待ちにする子もいる。しかし相当数の中学生が本

音の部分では、わざとらしい挨拶を経ないで自然に溶け込むことのほうが、ずっ

と高級だと思っている。理屈抜きに、照れ臭いことはなるべく避けたい思いもある。

だから共室では、ほとんど紹介はしない。そのかわり折を選んで、少し意識的に

名を呼んだり、会話の中に学校名を入れたりする。

「ねえ、松井君、A中って三年生何人いるの?」という具合に。あるいは松井君の

ために、「島田君、S中はまだテスト範囲教えないの?」などと。

山口孝一君のためには、初日なにも言わずにそっとしておくほうがずっと相応し

い気がして、その夜はさりげなく一、二度「分かる?」と、書き込んでいた数学の

プリントを覗いただけにした。

個人指導の初日は、朝からよく晴れていた。千葉県では四月の初めでも暑いほ

どの日がある。彼の希望で決めた午後2時からの時間は、ニ十分以上も自転車

を漕げば汗ばむだろうと思われた。氷水でも用意しておこうと製氷皿を取り出し

たとき、勢い込んで入ってきた。

「す、すみません、遅れました」

大きなスポーツバッグを下げて、額に汗を浮かせている。

「大丈夫よ、まだ5分も過ぎてないわよ。はい、顔拭いて」、オシボリを差し出すと

「はい」と受け取ったのに机において、手で額を拭いた。大きなグラスに氷水を入

れて、黙って机におくと黙って会釈した。そして気忙しくスポーツバッグを引き寄せ

て、ジッパーを引き開けた。

「何、そんなに、いっぱい持ってきたの?」

初日の緊張だけではなさそうな焦っている素振りに、私はことさらのんびりした声

を出して、机越しにバッグを覗き込む。

「あ、えっと、五教科、です。全部悪いから」

「ね、それより、家から自転車で何分かかった?」

「あ、わかりません、弟、泣いて…、んで、逃げたから」

え?と目で問うと、下を向いて「いつもです」と、複雑な顔をする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪崩のあとさき(5)

                                          (拙書より)

机の上に乗せた腕が裄丈の合わなくなった制服からむき出して、張り詰めて

破れそうな背中とともに急激な成長を思わせ、微笑ましさとうら哀しさの混じっ

た思いにさせる。彼の中の何が、何をためらわせているのだろうと思いながら

私はそっと席をたった。

申込書は簡単に作ってある。住所氏名に苦手科目、部活動と家族くらい書け

ば終わる。それでも側に人がいるのは煩わしいはずだと、行かなくてもよい手

洗いに行き、戻ってみてもまだ書いていた。本棚の問題集を並べ直して振り返

っても、まだペンを置いていない。兄弟が多くて家族欄が埋らないのかと、冷

蔵庫に向った。ジュースを手に戻ると、慌てたように用紙を裏返してペンを乗せ

た。

「あ、あの、共室、火・金コースでいいですか? 明日、金曜日だから、七時に来

ます。お邪魔しました」

ジュースを差し出したときにはもう立ち上がり、会釈もそこそこに体に似合わぬ

素早さで玄関を出ていった。

「さよなら」という間もなく取り残されて、所在無く手にしたジュースを口に、左手で

申込書を返した。裏返して帰った子は初めてだった。筆跡が恥ずかしかったのか

と見ると、几帳面な字が並んでいる。家族の名が欄いっぱいに七人も書き込まれ

母方の祖父と思われる名字の人もいた。

裏返しも、急に帰った理由も分からないまま、あきらめ悪く用紙を眺めていると、

族欄の下にやっと読める小さな字で「どんなペットも飼ったことがありません」

と書いてあった。家族欄の終わりに、「※ペットも」と記した自分が、ひどく残酷な

人間に思えた。飼いたくても叶えられない子のことにまで、配慮しなかったことが

責められた気がした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪崩のあとさき(4)

                           (拙書より)

中学生には、手軽な物言いをしてはならない。分かっていたつもりの手から水

をこぼした。彼等の大半はとても遠慮深い。自分のせいで、大人に迷惑はかけ

られない、そんな思いを強く抱いていて、こちらがそれほど負担に思っていない

ことでも、必要以上に気遣う。気楽に請合えることさえ、ほんの一瞬のためらい

を感じ取っただけで「いや、いい」などと引っ込めたりする。実の親に対してさえ

もである。私がそう言うと、たいていの母たちはとっさに「まさか」と笑うけれど、

ご自分の子ども時代を思い返してみてと言うと、感慨深そうに「そうだったかも…」

と思い当たる人もいる。遠慮深いだけなのではなく、迷惑扱いされるくらいなら、

我慢するほうがよいというプライドも混じっている。

いずれにしても、話すならもっと細やかに伝える必要がある、そう思い直して言葉

を足した。言外の思いを察知する能力はあっても、それを曇らせるほど遠慮深い

子もいる。

「ごめんね、個人とか山谷君とかって、孝一君とイメージ重ならなかったのよ。だか

ら、勉強よっぽど心配かな、それとも特別、個人的に話したいこといっぱいあるの

かなって思ったの。迷惑なんか、ちっともないもん」

彼はペンを持ったまま机の一点をじっと見詰めた。あまり真剣な目なので、また余

計なことを言ったかと少しうろたえた。「ごめん、気にしないで」と言いそうになった

とき、彼は決然と顔を上げた。

「山谷先輩に聞きました。あ、あの」

力をこめて言い出したのに、プツリととまってしまう。そして、また机の一点を凝視

した。話したいことがほぐれて出てくるように、私は手近な書類を見るともなくめく

って、彼から気を逸らした。しかし、「あ、あの、いいです、すみません」と、思い切

るように言い、居ずまいを正すと、申込書を書き始めた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪崩のあとさき(3)

                          (拙書より)

― しまった、そうか、だめか!…。

遠慮がちにすぼめていた肩まで揺らして、そう思わせる声を上げた彼に、私の

ほうが戸惑った。共室の内容やしくみをどんなふうに聞いたにしても、近所なら

ば山谷君が不登校だったことは知っていたはずだ。にもかかわらず学校へ行

っている自分の時間帯を検討せずに「個人指導」と思い詰めていたのだとした

ら、なにかよほどの思いがあるのかもしれない。

「わかった。じゃあ、日曜日、来る?」

とっさに言いながら胸の隅で、しまったと少し悔いた。こんな調子でしょっちゅう

休日が消える。

「あ、あの、共室もお願いします」

勢い込んで言えば日曜日を取り消されないですむと思ったような、畳みかける

口調だった。自分でもそう思い当たったらしく、言い終わってから気の毒なほど

照れた。クスクス笑っている私を振り払うように「申込書ください」と、早口にな

る。まだ笑いながら手渡すと、書面をじっと見て「これ、親が書かないとだめで

すか」と訊いた。気忙しげに帰った母親を思い出して「いいのよ、あなたでも」と

ペンを渡すと、アグラから正座に戻って背を屈めた。

電話で聞いていたコウイチが「孝一」と記されたとき、改めて声をかけた。

「ねえ、お母さんの電話だと、受験が心配だって。でも、まだ丸一年もあるじゃ

ない?共室の週二回で間に合うと思うけど、孝一君それだけじゃ不安なの?」

これもそれほど重い意味をこめたつもりのない話しかけだったのに、彼はさっ

と頭を上げると、

「あのー、日曜日、迷惑ですか?」と、真剣な目を向けた。

「そ、そんなことない、ないない、それ、ない」

私は大慌てで首を振った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪崩のあとさき(2)

                        (拙書より)

玄関のドアが閉まると、やっと自分のペースに立ち戻る。さあこれで主役に向き

合える、そう思いながら席に戻ると、正座のままの子はまだかしこまっていた。

「ふう…。お母さん、お忙しいのね…。ねえ、アグラになれば?制服の膝、出ちゃ

うでしょ」

たくさん話しかければ緊張が解けると思ったわけではないが、言葉が少なけれ

ばいつまでも息が詰まっていそうで、つい多弁になる。

彼はぎごちなくアグラになったが、上半身は縮めたままだ。

「ねえ、お母さんさっき、個人でもって言ったけど、あなたの希望?」

「個人」とは「個人指導」の略で、おもに不登校の子が学校に行き始めて共室に

移ると、受験に間に合いそうもない子や、学年相当の学力に至らない子が、そ

の後を埋めることもある。ただ、学校へ行っている子は、共室の開始前に取れ

る時間が少ないので、ごく近い家の子一人か二人を受け入れるのがせいぜい

で、いつも埋っていた。

「あ、はい。あ、山谷先輩から聞きました」

山谷君は二年前高校に入った、中学の後半全休の不登校生だった。

「そう…。山谷君、知ってたの…」

「はい、家、近いです」

「ああ、それで…。じゃあ、あなたもB中なのね」

B中は隣の市にある。小さな塾の存在や評判は、縁のあった子やその母親を

介して伝わるので、距離はあまり関係ない。近隣の市から電車やバスで来

子もいれば、県外の不登校生が、近くの親戚に下宿して通ってきていたこと

もある。

「ねえ、でも、あなた学校休んでないでしょ?山谷君みたいに昼間来られない

でしょ」

ごく普通の会話として言ったのに、「ああっ!」という意外に高い声が漏れた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪崩のあとさき(1)

                    (拙書より)

山口孝一君が面接にきたのは、中学三年直前の春休みだった。ほとんどの子

がそうであるように、電話で日時を決めた母に伴われていた。気忙しげに挨拶

する小柄な母の後ろに、窮屈そうに立っている子は、見事な体格をしている。

「ねえ、180センチ超えてる?」

できれば母親の背中に隠れたいのに、はみだしてしまう体の置き所に窮している

と言いたげな様子が微笑ましくて、気軽な声をかけたくなった。

「いえ、あ、はい、181センチ、です」

余計な軽口が、ほぐしたかった緊張をかえって高めてしまったのかもしれなかっ

た。窮屈そうな制服の背をもっと縮めて、促した共室に忍び足で歩を運んだ。

共室は六畳の和室ニ間を抜いて座卓を並べてある。立机と椅子より寛げるから

と工夫したもので、概ね好評なのだが、彼の正座を見て少し引け目を感じた。

「足、伸ばすかアグラになって。ズボンきつそう」

大きな少年は膝の上に両手をおいたまま背を丸めて会釈したが、正座は崩さず

に、隣に腰を降ろしかけた母を見上げて「母さん、先、帰っていいよ」と言った。

「そう?すみません、下の子、お隣に頼んできたものですから…」

母は息子と私に、代わる代わる目を配って早口になると、続けてもっと早口に

「ね、お兄ちゃん、思っていること、ちゃんとお話するのよ、いい? で、好きなほう

決めるのよ、個人でも共室でもね。大事なときだからお金とか気にしないのよ、お

父さんもそう言ったでしょ」

と、言いながら後退って共室から出た。坐りかけた私も玄関まで無意識に連れ立

ってしまい、彼女の会釈につり込まれて二度も三度も頭を下げた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(15)

                         (拙書より)

「俺とは遠くなるけど、今度はあいつ働くと切符買えるから、真中の場所で会え

ます。それと俺、工業高校に行きたいです。将来はあいつと二人で、もしかした

ら弟も一緒に、水道とか電気とかの工事会社つくります。それ、前からの夢です」

翌春三月に、佐山君は工業高校に合格し、親友はその少し前に母親の元に住

所を移して、定時制高校に内定した。

佐山君が去って、五年の月日が流れた。

毎年一人か、二年に一人かの割合で、生涯に残る印象深い出会いがある。別

た後は、そのとき目の前にいる子に夢中で対応して陰に押しやられていても、

刻まれた人柄の記憶は月日に薄められない。ほんの小さなきっかけでも、佐山

君に結びつく。小柄な子に会えば「彼、背伸びたかな」と思い、黒目がちな子を見

かけると、理由の判らなかった苦悩の日々の視線が蘇る。

― どうしているかなぁ…、親友君、定時制卒業できたかなぁ…。音沙汰ないのは

本当に無事の証拠かなぁ…。

滅多にない休日の午後を楽しんでいたとき、その佐山君からの電話を受けた。

「以心伝心ね。思い出してたトコ」

その瞬間に消えた「五年」は、その夜迎えた姿で、短い時間ではなかったのだと

再確認させられることになる。五分刈りの頭髪に精悍な日焼けした顔も目を見張

らせたが、なによりも小柄とは程遠い背丈が眩しかった。

「道ですれ違ったらわかんない」と私。「自分が気づきます。先生、全然変わってま

せん」そんな会話のあと、彼にとって「五年」は、決して平穏な日々ではなかったこ

とを知る。

「高校卒業後、自衛隊に入りました。両親が離婚して両方とも再婚するとき、自分

には、衣食住完備の魅力、大きかったんです。それに、いろいろな免許も取れて、

蓄えも作れます。ああ、あいつ、埼玉の水道工事会社で技術見習いやってます。

元気です。先生に一度会いたいと言ってました。名刺預かってきました」

佐山君は白い封筒の上に一枚の名刺を乗せて、テーブルを滑らせて私に差し出

すと、正座し直して武道家のようなお辞儀をした。

「これ、長い間ありがとうございました」

私は無言で名刺の名を眺めていた。白い封筒を押し戻して、「あげたつもりよ」と

言うのも、「十年後でいいのに」と言うのも、当時の彼等も私たちをも汚すように思

われて、軽く会釈したまま黙っていた。

「配属が替わって、来週広島に転勤します」

そう言い残して佐山君は遠くなった。

いま、白い封筒は、彼等の会社の設立祝いになる日を待って、そのまま仏壇に載

っている。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(14)

                          (拙書より)

佐山君は、せめて一ヵ月に一度親友が弟に会えるように、そして万引きしない

で何か食べられるようにと、母親の財布からお金を抜き取った。二度、三度と

重なると母親も財布の置き場に注意深くなる。あるときは夜中に父親の背広を

まさぐった。一度はカードを探し出して預金も引き出した。親は当然、恐喝され

ていることを心配し始める。

「俺、もう必死。嘘いっぱいつきました。学校に言いに行くっていうから。学校の

奴ら、俺あいつと、ずっとつき合ってるの知ってるし、分かったら、絶対あいつカ

ツアゲの犯人にされる。大人は見かけでしか考えないから、貧乏でデケエのと独

りっ子のチビじゃ、言い訳きかないでしょ」

佐山君はいままでのあらましを語り終えると、大人でもあまり吐かない大きな溜

息をついた。それから感慨深げに呟いた。

「先生、俺、正しいことしてると思いません。ケッコ間違ってる気がするときありま

す。嘘って自分のためじゃなくても、疲れる…。この頃俺、あいつにもすごく嘘つき

ます。あいつ、俺がお金渡すの気にするでしょ、だから…」

「もう嘘つかなければいいじゃない。彼にも言えばいいわよ。応援団できたって。

絶対内緒だから、心配するなって」

五年生からの2年半を辿り続けた辛い話で、ついさっき解消したことを忘れていた

らしい彼は、ウッという声とともに「だったァ!ああ、ほんと、そうだったァ!」と声を

うわずらせ、それから急に肩の力を抜いて「夢じゃないんだぁ」と呟いた。

なまじお金に絡んだことだけに、保護者に内緒の余計なことをしたと、内心決して

穏やかではなかった。けれども、成績の上昇でその分埋めさせてもらっていること

にして、私は毎月そっと彼に一万円札を手渡した。佐山君は、三度に一度は「まだ

あるから、いいです」と丁寧に断った。親友に何かあると、律儀に報告もしてくれた。

中学三年生の秋のある日、共室開始前に勢い込んで入って来て、

「センセ、もうすぐです」といきなり言った。

親友の進路が定時制高校に決まり、母親のもとで暮らすことになったのだという。

父親が再婚するのだとも言った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(13)

                         (拙書より)

そのジャイ君が六年生で転校したのは、両親の離婚のためだった。

親友は父と一緒に隣の市に移り、ふたつ年下の弟と母は埼玉県寄りの東京

へ越した。転校したから縁が切れたと安心した母の思惑を超えて、佐山君は

五駅離れた親友と会い続けていた。電車に乗るのは、いつも佐山君のほうだ

った。親友の父親は、ときどきどこかへ出かけて何日も帰らない。電車賃にす

る小遣いどころか、食べ物さえない日もある。佐山君は六年生のわずかな小

遣いをすべて切符に替え、行くときは台所のあちこちから、買い置きの即席ラ

ーメンや缶詰を持ち出した。

中学生になって、小遣いは値上げされたが切符代も倍になった。そして、普段

ほとんど泣き言らしいことを言わない親友から漏れた一言が、佐山君を苦しめ

ることになる。

「ジャイが泣いたのなんて見たことなかったんですよ。五年のとき先生に殴られ

たり、クラスのお金がなくなって疑われたりしたときも、先生に食ってかかって負

けなかった。でも、涙ボロッとこぼしました。弟が会いたがって、電話してくるって。

俺、参ったです。友達でも会いたいのに、兄弟ですよ」

佐山君は滲んできた涙で目をしばたきながら、つり込まれて涙ぐんだ私の目に、

ひどいでしょうと同意を求めた。

親友は六年生のときは、父親の財布からお金を引き出して二度弟に会いに行っ

た。子ども料金でも往復千百円かかった交通費は、中学生になって、父親に気

づかれずに財布から引き出せる金額ではなくなった。工夫して三百円五百円と盗

り貯めて、やっと一度会いにいったときは、空腹に負けて二人分の菓子パンを万

引きして食べた。

「大人って、まとめて言うんですよね、なんでも。いまの子どもは恵まれてるから贅

沢だとか、ゲーム感覚で万引きするんだとか。そればっかじゃないです。それに、

親がいるほうが苦しいってこともあります。ジャイは親の悪口絶対言わないけど、

施設だったら弟と一緒だったなぁって、一回だけ言いました」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(12)

                          (拙書より)

中学生の話は、寛ぐとどこへ飛んでいくか分からない。早目にうまい合いの手

を入れて軌道修正しないと、話している本人が、起点も終点も分からなくなるこ

とがある。でも、この日私は黙って聞き手に徹していようと思った。だから「ほん

とね、なんでかしらね」だけで、次を待った。話の半ばで電車賃への憤懣理由が

判明して、私まで中学生の大人料金に初めて疑問や不満を持った。ともあれ、

彼の話はあちらへ行きこちらへ戻っても、筋道はこうだった。

ジャイアンというあだ名の親友は、飛びぬけて大柄だった。それだけでも目立つ

のに、四年生の頃から反抗的だった。六年生や先生の言うことをきかない。おま

けに勉強はできない。忘れ物はしょっちゅうする。給食は三倍食べる。服装は貧

しい。四年生で同じクラスになったとき、初めは佐山君も避けていた。彼は学年

で一番小柄だった。

仲良くなったのは、同じクラスの女の子が心ない扱いを受けたときだった。女の子

は陰で「デブス」と呼ばれていた。太っていて、顔も気の毒なくらい醜い子だった。

陰口で言い馴れてしまった子たちが、本人に聞こえそうな距離で口を滑らせたとき

ジャイアン君は太い声で言った。

「ホンニンのセキニンじゃねえことで、人をバカにすんな!」

四年生には「本人」も「責任」も意味は分かる。しかし自分たちの会話によく使う言

葉ではない。クラス中がシンとした。佐山君は言う。

「俺、尊敬しましたよ。っていうのも、俺、その頃、自分がチビなのすごく悩んでたん

ですよね。それからジャイのこと、気にして見てた。信用できるんです。自分のため

には嘘つかない。自分の損とか得って考えない。自分をみじめって思わない。すご

くないっすか?センセ」

「うーん。すごい子たちねえ二人とも。四年生でねえ。そんなふうにジャイ君見てた

恭ちゃんにも感心しちゃう、四年生でねえ…」

佐山君は、自分の意図するところが通じた嬉しさを体中に表しながらも、分別臭い

顔で付け加えた。

「だけど、学校とか大人って、やっぱ、成績とか服装ですよね。それが悪いと簡単に

『問題児』です」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(11)

                         (拙書より)

佐山君は、一、ニ秒伏せていた顔を急に上げると、苦しんでいる生き物のよう

に身をよじりながら言葉を搾り出す。

「センセエ、助かったぁ―、ほ―んと助かったぁ―!よかったぁー、俺死にそう

だった。俺ほんと助かるセンセ。恩に着るセンセ。でも、半分でいいです。小遣

いもあるから大丈夫です」

彼は数千円のほうを左手に残し、右手の一万円札を突き出した。気圧されそう

な笑顔だった。見たことのない、力に溢れた顔つきだった。中学二年生の男子

に残るあどけなさは消え、一家を養っている気丈な若者の顔を思わせる。見惚

れて鼻先に突き出された札の意味がすぐには呑み込めないまま、つり込まれて

受け取りかけた。その手を慌てて引きながら、やっと我に返る。

「そうなのよねえ。だから中学生って好きなんだぁ。機に乗じないもん。分かった。

でも反対にしない?十年後に返してもらうとき、判り易いでしょ」

私は彼の右手を押し返し、乗り出して左手の数千円を取り戻した。

「恭ちゃんのこんな笑顔、一万円って安いなぁ、なんか、すごく得した気分よ」

角の擦れた小さな財布に、丁寧に畳んだ札を押し込んでいる子は、若者から少

年に戻っている。

「あのさ、センセ覚えてるでしょ、学童保育の問題児…あれさ」

「何も言わなくていいのよ、脅されて、お金取られてるんじゃなければ、いいの」

「ん、でも、聞いてください。あれ、俺の親友」

少年に戻った顔でも、別人のように晴れやかな目を向けて、佐山君は語り出し

た。

「あいつ、ほんとにいい奴なんです。でもセンセ、いい奴が幸せってばっかりじゃ

ないですよね。あ、それから、なんで小学生は半額なのに、中学生って大人料

金なんですか?電車とか。どっちも、働けないの同じなのに」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(10)

                          (拙書より)

「ちょっと残ってくれる?進路のことで話しがあるんだけど」

彼の母に電話してから半月ほど経った、共室の終了間際に声をかけた。佐山

君はほんの少し硬い視線を送ってよこしたが、すぐに例の首と顎を前に出す仕

草で了承した。

最後の生徒の足音が遠ざかったのを確かめてから、私は居残った彼の席で向

かい合った。

「あのね、理由、言わなくていい。使って」

一ヵ月分の月謝を、むき出しのまま彼の胸に押しつけた。金額がすぐに判るほ

うがいいと思った。彼は、押しつけられたはずみで、なにか分からぬまま数枚の

札を抱え込んだ。それから両手を胸から離して、札を見た。私の顔を見てまた札

を見た。数えもしないまま、また私の目を見た。

「あ、あのね、十年無利子で、貸す。なら、いいよね?」

彼は無感覚な目のままじっとしている。初めて会った五年生のときの目だった。な

にも感じたくない、感じなければ失望もしない、そんな目だった。

― 彼はあのとき、なにも感じたくなかったんだ…。

初対面のときの無表情が、意味を伴って蘇った。

「誰にも言わない。信じて。ずっと毎月渡す。あなたが来ている間ずっと。あげるの

は、あなたにもご両親にも失礼な気がするから貸すの。ね、足りる?」

数枚の札と私の目を何度も往復させながら、その視線には一向に、色も温度も湧

いてこない。自分の行為が唐突すぎたか、説明も不足かと身を乗り出しかけたとき、

彼は「ぐぐーっ!」とうめいた。「う、そ、だぁ!」と体を折り曲げて、札を掻き抱いたま

ま机に額からうつ伏した。次の瞬間バネ仕掛けのように仰け反って、両手に挟んだ

札を差し上げた。同時に、また形容しがたいうめき声をあげ、両腕と上体を机に投

げ出した。机はきしみながら、真向かいの私にずり寄った。私は呆気にとられて、顔

に触れた彼の手先と札を避ける間も持てず、意味もなく滲んできた涙がたまらなくお

かしくなって、忍び笑いをもらした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(9)

                           (拙書より)

私は縮かんで無言だった。彼の母が言いこぼした「まで」に抉られて胸苦しい。

それまで自分のしていた勝手な解釈や工夫が、あまりに子どもじみたことに思

われて、足元がおぼつかなくなりそうな怖れに蒼白になった。子どもを美化しす

ぎている、独り善がりな、ただの空想癖の誇大妄想に思えてきて、身のおきど

ころがない。

大人の次元でいえば、事は簡単に解決した。その母は相変わらず多くは語らな

かったが、未払いぶんも含めて、以後は銀行振込みと決め「すみませんでした」

と言い添えた。

簡単に解決しなかったのは、私の心の核である。すっかり自信喪失して、大人と

しては非常識だったと打ち萎れていた。それなのに当の佐山君に会うと、また元

どおり彼に聞き耳をたててしまう。叱られたか責められたか嘆かれたか、あるい

はそれら全部を嫌というほど浴びたかわからない彼は、私に対して特別な変化

は見せなかった。反抗的でも卑屈でもなく、かといって開き直ったでもない。

また自分の心を空っぽにして、ひたすら彼の心が流れ込んでくるように無心を保

とうとする私に「親に言ったの当然だよ、気にしないで」とさえ『聞こえて』くる。もち

ろん以前からの、平たく言えば「落ち着かなさ」、深読みすれば「背負っている苦

悩」は、相変わらずである。勉強どころではない。「困ったなぁ」の心の呟きは、少

しずつ色濃くなる。

― 月謝の流用は、遊ぶためではない。脅されて、巻き上げられているのでもない。

なんのためかは分からない。しかし、彼の苦悩が継続していることだけは確かだ…。

それも、お金がからんでいる…。

大人の常識的な次元と彼から受け取るものとの落差に、ときどきぞっとしながらも、

彼が乗り移ったかのように辛さが増す。私はとうとう堪えかねて、彼の世界を訪ねる

ことにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(8)

                           (拙書より)

あちこち勉強を見回る合間に、常備してある手作りの納入袋に名前や金額を

書き込んで、帰りに渡した。後で思えば、不思議なほど自然に事を運んでいた。

茶封筒が見えたとき、ギクリとしなかったわけではない。しかし、まるで赤ん坊

の側に近付いた蚊を、見た瞬間に両手で挟み殺してしまっているように、「ギク

リ」を抹殺してしまっていた。「違う!」と思った。思いたかったのではない。「違

う!」の声は彼が私に投げかけた叫びだったのかもしれない。

そのあと私のしたことといえば、普段の何倍も白紙でいる努力だった。厳密に言

えば、努力ではない。白紙には努力さえ邪魔な意識だ。透明になろうとした。無

我を願った。意識に遮られなければ、「彼」がそのまま流れ込んでくるはずだ。わ

が子も含めて子どもたちに接するとき、いつの間にか心がけるようになった私の

ありようは、「空気のように」無色透明でいようということである。無心でいると心

の呟きが聞こえてくる。

五度、六度、週二回来る彼から約半月、なにも流れ込んでこない。いや、聞こえ

てくる。

― ああ、困ったなぁ…。もうだめかなぁ…。

意味はまったく分からない。ただ流れ込んでくるのはとても漠然とした「まずいこと

になる」という不安であって、罪悪感とはまったく異質な困惑や苦悩が伝わってくる

のだ。私は彼に耳を澄ましていた。いや、心の中に据え付けた大きなパラボラ・ア

ンテナを彼に向けて、どんな些細な電波でも受け損なわないようにしていた。本当

は、もう少しそのままでいたかった。

しかしある瞬間、当然の事実に思い当たって愕然とする。

彼にはれっきとした保護者がいるのだ!

私は「大人の常識」に殴打された気がして、ひとりでとても恐縮した。もっと早く連絡

すべきだったと、強い自責に苛まれながら、恐るおそる電話した。

「まさか、お月謝まで!」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(7)

                                 (拙書より)

初日、彼は入室申込書を持って帰った。申込書には、指導費の納入法が二通

り書いてある。銀行振込と納入袋で持参する方法である。子ども同士のお金の

貸し借りや、恐喝まがいの噂も耳にするので、子どもにお金を持って歩かせな

いように、なるべく振り込みをと一言添えるのだが、半数の母親たちは手軽な納

入袋を希望する。彼が納入袋を請求しないのは、銀行振込にしたためなのだろ

うと、しばらくは不審も不安もなかった。申込書の提出がなされないのも、二度目

のためだろうと解釈していた。しかし、一ヵ月をだいぶ過ぎた頃の記帳で、納入さ

れていないことが分かる。

― あのお母さんが二ヵ月近く忘れているはずはない…。

とたんに彼の、微妙な落ちつかなさと結びつけそうになって、慌てて飛びのいた。

その安易な勘繰りは、まさに大人特有の手抜きである。

― 案外手渡すのをすっかり忘れて、鞄の中でクシャクシャだったりして…。

子どもに限らず人がうわの空のときは、予想外な失敗もする。余計な気の回し方

などせずに、さらりと問うべきだと思い直した。

「ね、申込書くれる?」

「ああ」

佐山君は鞄の底をまさぐり、鞄の中で茶封筒から申込書を引き抜いてよこした。

茶封筒は、私がその中に申込書を入れて渡したものではない。

本人だけで申し込みに来た場合、持ち帰った申込書に初回の費用を添え、封筒

に入れて持たせる親がほとんどだ。封筒に金額を書き、よろしくお願いしますと記

す人もいる。彼は申込書だけ、引き抜いてよこした。

「ありがと」

受け取って広げ、納入袋を囲んだ印を見て、「あ、袋要るんだったのね」と、私は

言った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(6)

                   (拙書より)

一ヵ月が過ぎた。相変わらず首から上を突き出す挨拶で坐り、「さようなら」と

言ったり言わなかったりして帰る。たまに隣席の子とひと言ふた言話すことは

あっても、それ以上には発展しない。学習にしても、一応教科書やノートなど

出して広げたり書き込んだりはしているが、決して集中している様子ではない。

もっとも、中学二年生の男子で勉強熱心という子はごく少数だから、とりあえず

は形だけでも変ではない。あとはこちらがタイミングを見計らって、適当な刺激

をどう与えるかにかかる。

しかし佐山君のタイミングは、実に捕らえ難かった。勉強が嫌いで気が散るとい

う様子とは、少し違って見える。ほんの小さな動作だが、絶えずなにかに囚われ

て、心が揺れ動いているように変化する。たとえば、ぼんやりした視線から思い

出し笑いに似た表情になり、一瞬後にはふと眉を寄せ、険しい視線で机の端を

凝視する。あるいは、そっと溜息を漏らしてすぐに、なにかを振り切るように書い

た字を乱暴に消す。ある日はしきりに時計を気にして不安そうな視線を泳がせ、

何度もシャープペンの芯を折った。

好きな子ができたかと思わぬではない。しかし、そう思った瞬間に急いで振り払

った。こちらの思いが伝わってはならない。そして、注視していることも勘づかせ

てはならない。よほどの信頼が育っていない限り、彼等はそれを察知したとたん

に身を翻して、本心を隠してしまう。

― なにか見過ごしてしまってはならないものがありはしないか…。そう思いつつ

も、踏み込むわけにはゆかぬまま、二カ月近い日々を消化してしまった。そして、

それとはまったく異質な、現実的な不審にも囚われ始めていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(5)

                         (拙書より)

ちなみに解説させてもらえば、人間は、特に大人になると、言葉や文字に頼り

すぎると思えてならない。「暗黙の了解という勝手な解釈や記憶違い、あるい

は悪意」で、収集のつかない事態に陥ることを避けるために、契約書や領収書

を作ったほうがよい場合はさておき、ごく個人的な感情の世界まで言葉を求め

たがる。「ねえ、愛してる?この前愛してるって言ったわよね?」という具合だ。

それでいて、絶えず疑わないではいられない。疑うのは、とりもなおさず「心の

すべてが言葉になっているわけではない」と知っている証拠だろう。もちろん心

とは移ろうものだとの認識も混じっている。にもかかわらず言わせようとする。

大人同士が、それで痴話げんかするのは勝手だが、中学生を中心とする大きく

なった子どもたちをも同じに扱おうとすると、とんだ計算違いが生まれると思えて

ならない。子どもたちの多くは、問い詰められると、問い詰めている大人の心を

読んで、二種類の反応をする。一つは面倒くさいので大人が納得し易い答え方

で、早く終わらせようとする方法だ。もう一つは、拗ねたりふて腐れたりして逆の

のことを投げかけ、暗に大人の察知力を測ったり期待したりする応じ方である。

だから無理矢理答えさせたその答が、彼等の本心とは限らない。相当ずれてい

ると思ったほうがよいくらいだ。運よく本心を聞けたとしたら、この大人は少なくと

も目下の者を見下ろさない視線を持っていそうだと、認められたときくらいだろう。

かといっていかにも親しげに迎合する大人は、最初から信頼しない。どちらにし

ても「心を察知するセンサー」は子どものほうが性能はよい。

佐山君と再会した私は、結局なにもかも省いて、呼び方にすべてをこめた。

「佐山君、今日は火曜だけど、火・金コースに決めたの?」

5年生のときは「恭ちゃん」だった。彼は私の目を見て「はぁ」と、また首を突き出し

た。仕草は素っ気無いけれど、私の目をしっかり見た彼の中から「五年生の続き

で扱うつもりはないんだね」という声が漏れてきたように感じた。それをさらに、私

に念を入れておくつもりか、五年生時代いつも坐っていた席から最も遠い席に坐

った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(4)

                   (拙書より)

同時にひとつの不安も湧いた。母親がひどいと言った成績の悪さよりも、その

原因が気になった。成績に限らず、行動全般が抑制され過ぎた結果の無気力

が一番怖い。学習指導の工夫では埋めようがない。その無気力も、気が弱くて

反発しそこなったためだけではないことがある。なまじ丈夫な心を持ったために

親を受け入れ譲っているうちに、ある種老成して、やんちゃな反抗をしなくなっ

てしまうこともある。自然な老成ではないだろうから、虚無的で痛ましい。

ともかく明日は彼に会える。そう頬の緩みを感じながら、子どもたちに向き合う

ときの戒めを点検した。特に中学生と会うときは、予備知識や先入観をいった

ん取り去って、可能な限り白紙でいなければならない。彼等は自分を取り繕わ

ないかわりに、向き合う大人の決めつけを極端に嫌う。いま現在の素顔をあり

のまま見てほしいという願望と、それ以上に、わずかな資料で気安く一人の人

間を判断するような大人にだけは会いたくない、という強い思いを持っている。

邪魔な予備知識の中には「過去に会ったことがある」も入る。つまり、再会とし

てスタートする安易さは許容しがたく思えるのだ。しかも中学生の大半は馴れ

馴れしい者を内心侮蔑する。私は、どんな彼になっているだろうという期待も、

懐かしいとの感情さえも、すべていったん片付けた。

翌日、佐山君はすっと入って来て私と目が合うと、無言のまま首から上だけを

水平に突き出した。お辞儀のつもりで、男子中学生がよくやる仕草だ。私は「お

久しぶり」も「よく来たわね」も省いた。「大きくなったわね」くらいは言いたかった

が、それも呑み込んだ。あまり背は伸びていない。仲間に「チビ」と言われてい

そうな背丈だ。しかし、一瞬向けた視線の強さは、まぎれもなく中学生特有の

「人を察知するセンサー」を備えていると確信させた。内心「よし、これならきっと

うまくつき合える」と嬉しくなる。言葉を超えた会話ができそうだからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(3)

                      (拙書より)

共室が終わって自室に戻っても、すぐには我に返れない。同じフロアの共室と

自室は、頭も心も切り換えるには近過ぎる。その夜も英文法や数式や冗談好

きの子のひと言を引きずったまま、食事の支度はさておいてニュース番組を眺

めていた。

電話のベルが、緩衝地帯をさまよっている心地を凝然とさせた。反射的に時計

を見ると、数分で十一時になろうとしている。受話器を取り上げながら身構えた

とき、女性の声が「こんな時間にすみません」と流れてきた。おぼろげでも記憶

にある声だ。

続けて名乗った名前は、声の主を押しのけて鮮明な「恭ちゃん」を私の目の前

に押し出した。ぼんやりしていた状態から、ベルに身構えたり少年が蘇ったりし

たはずみで、私は妙に高ぶった。

「あらぁ、まあ、恭ちゃんお元気ですか?大きくなられたでしょうね」

「ええ、まあ」

返事の短さに、こちらの不安定な気分が見透かされた思いがして気恥ずかしく

なる。間の悪い気分を収めようと、相手の言葉を待つことにした。

「中学一年の成績もひどかったのですが、二年はもっと下がって…。また入れて

いただけますか。明日、本人を伺わせます」

たったそれだけで電話は切れた。抑揚のない乾いた声が、耳の奥に寂しさを残

した。二年半前に引き戻された意識の中で、「そうか、馴染まなかったのは彼で

はなくて、お母さんだったのだ」と、やっと納得できた気がした。

思うに、小学生のほとんどは、親をまるごと背負ってくる。親の好み、親の姿勢、

意向、願望、そして私への信、不信。

中学二年になった彼の背に、もう親はいないに違いない。「彼自身」が芽生えて

いるであろう佐山君のイメージを、夜更けにあれこれ胸に描いては楽しんだ。人

に心を許してはならないという強張ったものが、十三、四歳の人格の芯になって

いるとは思えない。今度はもう少し親しんでくれるだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(2)

                         (拙書より)

「問題児」にイジメられているのか、それとも一緒に悪さをしているのかと、母の

横に佇んだ本人の顔をそれとなく目の端で窺った。イジメられたり唆されて悪さ

をするような、気弱な感じには見えなかった。かといって、口角に意志の強さが

垣間見える気がするものの、それだけで確信は持てない。なにしろ小学生には

珍しいほど無表情だった。心なしか佇む位置に、母との距離を取っているように

見える。そのわずかな距離が、何かを主張しているようで胸に残った。ともあれ

彼は四時から七時のコースを3コース、つまり毎日来ることになった。無表情な

うえにひどく無口な子だった。週に六日も来ていながら、ニ、三ヵ月経っても一向

に馴染んでくれない。だからといって反抗的なわけでもなく、尋ねたことには最低

限の言葉で答えた。成績も悪くはなかった。

彼の母は、勤め帰りに共室に寄って、子を連れて帰る。月に一度くらいは七時を

過ぎ、2ヵ月に一度くらいは八時、九時のこともあった。そんなときはきちんと電話

が入る。たまには延長への心遣いか手土産も差し出す。電話も手土産も大人同

士の礼に不足はないが、私にすれば彼の空腹のほうが気になって、なにか口に

入る物をと、落ちつかなくなる。ずれ込む七時から十時までのコースは、中学生や

高校生ばかりなので、彼等の寛大さを当て込んで一切れしかないカステラやニ、三

枚の煎餅でも「恭ちゃん、お兄ちゃんたち夕食すんでるから遠慮いらないのよ。お

なかカラッポだと気持ち悪くなるでしょ。ね、これ入れておこうよ」などと差し出す。し

かし結果はいつも空振りに終わった。彼は決して手を出さなかった。その母も私に

「すみません」と挨拶しても、子には「ごめんね。おなか空いたでしょ」とは言わなか

った。ふたりはいつも淡々と帰った。

六年生になると、「問題児が転校したので学童保育のほうに戻す」そう言って退室

した。学童保育の終了時間とその母の帰宅時間との間隔が気になったが、差し挟

む言葉が見つからない。まだ私よりは低い位置の彼の目を覗いて「じゃあね」とだ

け言った。

二度目の入室は、中学ニ年生の秋だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メロスたちの夢(1)

                      (拙書より)

自室の大きな窓は、東南に向いている。ひろびろと見渡せる空を、よく旅客機

が横切る。羽田空港も成田の国際空港も近いために、何本かの航路があるの

だ。機影は高度のせいか速度のためか、ほとんど音を伴わない。窓を開け放

しているときだけ、忘れた頃にかすかな音がおいかけて行くのに気づく。

そんな空を、轟音に驚いて思わず見上げることがある。隣の市にある自衛隊

のヘリコプターだったり、輸送機だったりする。ごく稀なその姿は低く大きく、特

異な迷彩模様で音以上に威圧感を与える。それらが去ったあとしばらくは、複

雑な思いに囚われる。守ってもらっていると考えるべきか、存在自体を問題にす

べきか、忘れかけた戦争体験を突きつけられた戸惑いと相まって、重苦しくなる。

ところが、ある日を境に、同じ迷彩模様に親しみすら感じはじめた。人の感情と

は他愛ないものだと微苦笑しながら、一人の子に思いを馳せる。なまじ身近に

なってしまったことで、遠くなったはずの戦争への恐怖が新たになり、改めて彼

が戦闘要員になる日のこないことを祈らなければならなくなったことも含めて。

彼の入隊は、佐山恭一君自身の来訪で知らされた。高校受験後退室して、五年

目の再会の折りである。

佐山君との出会いは少し変わっていた。彼は二度入室している。最初は小学五

年生のときだった。当時は小学生もいたのだが、共室のしくみは現在と同じに一

コースを週二回としてあり、一回の時間枠も同じ三時間の中を自由に使う完全個

別学習のかたちであった。ほとんどの子は一コースに入り、不登校の子や高校受

験生でもニコースに申し込むことがせいぜいなのに、五年生の彼を連れた母は

「三コースに入れてください」と言う。預けている学童保育の中に問題児がいる、引

離したいので毎日預かってほしいのだと理由を添えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パトカーにぎっしりの涙(16)

              (拙書より)

パトカー?と見開いた私の目を当然だと思ったらしく、彼女は懐かしそうに説明

し始めた。

彼は滅多に物をねだらない子どもだった。クリスマスや誕生日にも何が欲しいか

親のほうが尋ねた。六歳の誕生日には「ボク、別にない」と答えた。実の親に遠

慮するのは変わった子だと言う人もいたが、母は内心誇らしかった。物欲の薄さ

も、ねだらない気位も嬉しかった。そんな彼が、一緒に歩いていた道すがら、オ

モチャ屋の前で歩を緩めた。新しくできたその店のショウウインドーには、大きな

パトカーが飾られていた。

「お兄ちゃん、誕生日、あれにする?」

返ってきた答えは「ボク、いいって言ったから」だった。「別にない」と答えた自分を

翻さない子が、たまらなくいとおしくなって、母はつかつかと店に入ると「あれ、くだ

さい」と言った。

「女の子がぬいぐるみと寝るように、よく一緒に寝ていました」

彼女の言葉を借りれば、しがみつき合ってワアワア泣いた後、照れ臭そうに立ち

上がった彼は、部屋からオモチャのパトカーを持ってきて、ぬっと母の目の前に差

し出した。よく見ると、中にはお札がギッシリ詰まっている。あとで数えてみると、奪

い取った金額の八割以上の札だった。

「一体なんのつもりだったのでしょう、あの子」

腑に落ちない顔で、彼女は私を見詰めた。腑に落ちなくても、どうしてもそれが知り

たいという顔ではなかった。だから私は「自分の心根を理解し誇ってくれていた母の

象徴であるひとつのオモチャの中に、卑屈に金を差し出すかたちで寂れていく母の

象徴を詰め込みながら慟哭していたのです」とは、語らなかった。

子は、悲しみであれ歓喜であれ、そこに拘泥して子の存在や子への影響に思いが

及ばないほど囚われてしまう親をみるとき、最も深い孤独に陥るのだと思えてならな

い。孤独の深さは絶望に繋がる。

― 親への暴力は、少しずつの自殺ではないのか…。

問題が解決した母親に語る必要のない言葉は胸の奥に仕舞い込んで、私は独り言

を呟いた。

「子どもって宝物ですよね…。でも、子どもにとってお母さんは、もっと大切な宝物な

んですよね…」

      (パトカーにぎっしりの涙…終わり)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パトカーにぎっしりの涙(15)

                       (拙書より)

「こんばんは」と言った私に「ああ」と会釈していつもの席に坐った彼は、首を回

して私を探した。私と目が合うとすぐ、ふいと左頬を向けた。そっぽを向いた恰

好ではあったが、明らかに違う。「ほら、見て」そう突き出した頬に思える。左頬

には、やっと分かる薄い引っ掻き傷が一本あった。私が気付いたと思ったらし

い瞬間、彼はもう一度私に視線を戻して「ね、見た?」という顔をした。たったそ

れだけで、もう用は済んだとばかりに勉強道具を取り出すと、一枚のプリントの

上に屈み込んだ。

翌朝早く、電話もなしに彼の母が訪ねてきた。右手首の大きな湿布薬を示しな

がら、報告とお礼に来たのだと言う。冷え切った共室を気遣うと、ちっとも寒くな

いと言った。

「取っ組み合いになりました、先生。敵いっこないのに勝ちました」

まだ腰を浮かしたまま、湿布薬を貼った手を勲章のように差し出すと、満面の笑

みを浮かべた。腰を降ろすと少女のようにはにかんで、それから左手で涙を拭い

た。

「カネ、って、手を出したんです。だめ、って言いました。あと…よく覚えてないんで

す。お前どうなっちゃったの、母さんの大事な子、どうなっちゃうの、もうお前殺して

母さんも死ぬ、そんな滅茶苦茶なこと言って、いっぱい叩きました。気がついたら

あの子、小さいときみたいに私にしがみついてワアワア泣いてました。私もしがみ

ついてワアワア泣きました。バカみたいでした」

彼女はまた声を上げて笑った。笑っているのに涙を拭いた。私は、無言のままた

だ見惚れていた。ひと呼吸すると、熱に浮かされたように彼の母は妙なことを言い

出した。

「あの子ったら変なんですよ、使いようがなかったから返すって、パトカーごと持っ

てきました」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パトカーにぎっしりの涙(14)

                              (拙書より)

「雄一郎君、お母さんっ子だったんでしょう?お母さん大好きなんでしょう?だか

ら辛かったんですよ、きっと。それなら誰よりも労わったらよさそうなのに、ただ

労わるぐらいではすまないほど、大切な人なんです。大切な人、というより、お母

さんは自分自身でもあるように、区別がつかないんです」

私は掻き口説くように言い続けた。私の考えというよりは、胸の中の彼が工夫も

整理もなく訴え続けているようで、話している私自身、要領の悪い言い方だとじれ

ったかった。彼女に何がどれだけ伝わったか、まったく自信がなかった。ただもう

一度「お願い、今度は殴ってあげて」と繰り返してその背を見送った後、長い間抱

えていたものが、抜け落ちたような虚脱感で、しばらく呆然と坐っていた。

虚脱感はまもなく消えたが、伝えるべきことを伝えたという納得や、これでいいとの

満足感があったわけではない。むしろ自分の勘か想像であったはずの広島君の内

面がその母によって明らかになったために、彼が身近になりすぎて切なかった。そ

れだけに一層、声にも視線にも、特別な労わりや余計な共感をこめてはならないと

自制した。彼は私にそんなものは求めていないはずだ。中学生たちは、人の感情

への注文がとても贅沢である。まったく分かってくれない大人は軽蔑するくせに、分

かっていることを匂わせる者をも嫌悪し拒絶する。彼等はすべてを理解したうえで

さりげなく接してくれる大人を探している。

私は淡々と「こんばんは」を言い「さよなら」と声をかけた。その母との面談後の一、

ニ回、広島君の様子に特別な変化はなかった。小さな仕草に言外の知らせを感じ

たのは、彼の母を掻き口説いてから、三回目の夜だった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

パトカーにぎっしりの涙(13)

                         (拙書より)

彼女は虚ろな目をした。肩が落ちて、精気が抜けて小さくなったように見える。

あとは虚ろな目のまま、他人事のように続けた。

ときに恐喝じみた言い方さえしながら、金の無心はこの一年近く続き、間隔は

詰まり、金額は増えていったという。生活費内で賄い切れなくなって、恐る恐る

拒否した日、彼はその母に手をあげた。

「それでもう、渡すの、おやめになったんですね?」

「いいえ、次の日、定期解約して…」

「お母さん!どうして!殴り返せばよかったのに!」

私の中から反射的に言葉が飛び出した。気を鎮めようとひと呼吸しても、弾ける

ように次々と叫びに近い声が湧き上がる。

「だめです、お母さん。もうだめ。この次要求したら、断固、断って!それで殴った

ら、腹を据えて殴り返して!お願い、殴ってあげて!」

必死な声は、確かに私の声だった。殴って『あげて』と言っていた。しかし胸の中

では殴って『くれ』が響いていた。もっと多くの言葉が響いていた。『なんでだ!な

んでおどおど縮かむんだ!どうして自分を賤しめるんだ!いつまで卑屈な母さん

でいるんだ!そんなにビクビクしたいんなら、俺がさせてやる!俺の大事なもの

は、俺が壊してやる!』

自分の中に渦巻く言葉を自分で聞きながら、どれが自分でどれが広島君なのか

区別がつかなかった。渦に揉まれながら、彼を思い、目の前のやつれた母を思

い、また彼に引き戻されて、辛かったのはやっぱり彼だと思えてならなかった。

大切な大好きな母が寂れていく、口惜しさと苛立ちと深い悲しみの中で、金を巻

き上げるという行為は、彼の自傷行動だったのではないのか。

ふと気づくと、物問いたげな母親の目が、私を見詰めている。「殴ってあげて」と

言った私への、解説を求める目に見えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パトカーにぎっしりの涙(12)

                        (拙書より)

訝しげな母親の視線から目を逸らして、私は胸の中で呟いた。

― どこかに捨てたのだ…。そうでなければ、通りすがりの誰かにやった…。

不審げに問い返したといっても、彼女の虚ろな目は、それ以上ジャンパーという

品物にこだわる余力のないことを感じさせる。彼の母は、事の発端と現状を吐き

出しに来たはずだ。

「中学一年の秋、何があったんですか?」

促した私に、彼女はときどき言い澱みながらも、一年前を語り始める。

広島君の父は、少人数の同族会社に勤めているという。社長の縁戚に当たるの

だそうだ。小さな同族会社は、公私が交じり合うことが多い。彼女は夫の上司の

妻とトラブルを起こした。そのために夫は、職場で居心地悪くなった。にもかかわ

らず、温厚な夫は彼女を責めずに慰め庇った。

「私が悪かったんです。自分が悪いと分かっているのに庇われるのって、かえっ

辛いですよね…」

多少勝手に思えなくもないが、分からぬでもない。ただ、彼女は自分の辛さに溺

れていったのだろう。卑屈になり、暗くなり、おどおどし続けた。

「主人はなにかと労わってくれました。下の子もそれまでより優しくて…。でも、そ

の頃からなんです、あの子…」

それまで雄一郎君は家族の中でいちばん優しく、妹の何倍も母思いだった。

「私が風邪を引いて寝ていたとき、あの子お粥作ってくれて…、お茶碗によそうと

き、火傷して、でも言わなかったんです…。小学3年でした。指、水脹れ、あとで、

分かって…」

彼女はしゃくり上げた。私の深読みか買被りかと確信のなかった、繊細で優しい

彼の内面が証明されて信頼や友情が増し、小さな手の火傷を母の目から隠した

姿を連想して切なくなった。

「めっきり口を利かなくなったんです、その頃から…。返事もしなくなりました。でも

男の子は中学に入ると変わるって聞いていましたので…」

しかし彼の不機嫌は日増しにひどくなった。物に当たる、妹に当たる、ふいにどこ

かへ出て行く…。そのうち…と、しばらくためらってから、彼女は押し出すように言

った。

「金、出せ、って言いました。何の?と問うと、いいから黙ってよこせって…」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パトカーにぎっしりの涙(11)

                     (拙書より)

足元が不安定な気がして、消灯をやめて坐り込んだ。広島君の席を見ている

、彼が薄れていきそうに感じた不安がもっと強く蘇って、また動悸がし始める。

― こういうのを、胸騒ぎというのだろうか…。虫の知らせという言葉もある…。

あまり経験のない不穏な感覚に飛び上がりそうになって、物に憑かれたように

電話に走った。無事さえ分かれば、不審に思われて言い澱んでも、でまかせに

何を言ってもよいと思った。

「ついさっき帰りました」と彼の母は答えた。「なんでしょうか」とも「忘れ物ですか」

との訝しげな反応もしなかった。かわりに、まるで私の電話を待っていたかのよ

に「明日、お目にかかれませんか」と言った。

翌朝早く訪ねてきた広島君の母は、初対面の一ヵ月前よりも憔悴していた。会

なり両目を潤ませて「すみません」と言いかけて顔を覆う。寒気の緩んだ日な

に、細身の肩が寒そうだった。ストーブの近くに座布団を寄せて促すと、堪え

かねたように嗚咽を漏らした。痛まし過ぎると、声のかけようもない。私まで身を

縮める思いで、彼女の言葉をただ待った。

「二週間ほど前、とうとう…、叩かれ…ました…」

途切れ途切れに言いながら涙を拭くと、ふいに顔を上げて自嘲に歪んだ笑みを

浮かべた。

私の中に、突き飛ばされたような衝撃が走った。主語がなくても、叩いたというの

は彼だろうから、その衝撃もなくはない。しかしもっと強烈な衝撃は、息子の行為

を自嘲的に吐き出した母の歪んだ口元だった。その母に手を上げたとき、彼も私

がいま見たような、母の口元の歪みを目にしたのだろうか。彼の心を察するという

よりも、彼がそのまま乗り移ってきて、私の中で泣いているような気がした。

「お母さん、ちょうどその頃だと思うんですけど、雄一郎君ジャンパー買ったの、持

って帰りました?」

「いえ、あの子、そんなもの買ったんでしょうか?…」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パトカーにぎっしりの涙(10)

                       (拙書より)

私は斜めから彼を見ていた。彼から視線を外してはならない気がしていた。外

してはならないというよりも、目を逸らすことができなかった。

じっと見ていると、共室の空間が少しずつ二層に分離していって、広島君と私だ

けが別の層の中にいるような奇妙な感覚におちた。もっと見続けていると、その

層の中から彼だけが薄れていきそうで、手を伸ばしそうになる。側に行ってしっ

り捕まえなければ消えてしまうという焦りと、そんなはずはないというわずかな

理性の間で身動きできないまま、自分で自分をしきりに叱りつけた。

― 彼が変なのではない。私がどうかしたのだ。彼はただ、少し意外な買い物を

してきただけだ。変なのはたぶん私だ。

しかし薄れていきそうな彼が纏っている匂いは、どう振り払っても忌まわしく哀し

いひとつの言葉を暗示していて、動悸とともに、胸の中で弾けるように叫んでし

まった。

― だめ!死にたいなんて!

その瞬間彼がさっと振り向いた。私は本当に自分が声を出してしまったのかと

錯覚した。広島君は私をじっと見た。視線が交差した先から、薄れそうな彼の輪

郭が濃くなって、呼応するように私の中の狂気に似たものも急に引いて行った。

催眠から放たれた私は、机のあちこちに置かれた食べ殻を片付けてまわった。

「ごちそうさまでした」と誰かが言い、私も彼のほうに同じ声をかけた。彼は返事

はしなかったが、それで切り換えたように鞄から教材を取り出した。

何事もなかったようにいつもの共室の時間が流れる。フライドチキンの匂いが残

っている以外は…。

誰かの質問に答える私。誰かと誰かのひそひそ声。書く音、めくる音…。

二人帰り三人帰り、そして私は一人になった。ストーブを消し、電気のスイッチに

手を伸ばしたとき、去ったはずの異様な不安が再燃した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パトカーにぎっしりの涙(9)

                     (拙書より)

それから三、四回の共室では、いたって普通の中学生だった。気乗りしないふう

ではあっても、宿題らしいプリントの計算をしたり、英語の教科書を出して訳文を

ノートし、一、二度質問さえした。「さようなら」に聞こえる挨拶も漏らした。私は、胸

の奥にゆらめき続けていた「泣きそうな彼」を気のせいだったと片付けなければと

思い始めていた。初日にその母に向かって、彼女の心を軽くしたいと語った、なん

となく成績を落としてしまってふて腐れていただけとの解釈が、案外当たっていた

のかも知れないとも思った。

そんな矢先の夜、広島君はファストフードの紙袋を二つも下げて入ってきた。共室

中にフライドチキンの匂いが広がる。みんな一斉に手をとめて匂いのもとを目で追

った。彼はいつもの窓際に坐り、袋から次々と箱を取り出すと、二箱分を一箱に盛

り上げ、空き箱を割いて皿にした。共室を見回し皿の数を検討すると、机のあちこ

ちに配り歩いた。

共室はみんなにゆき渡る数のものなら、食べ物を持ってきてもよいことにしてある。

たまにミカンや袋菓子を持たせてくれるお母さんもいる。でもこれほどの差し入れは

初めてだった。

「お母さんのプレゼント?」

彼は不快そうに眉をしかめた。

「ちゃう!俺のオゴリ。食えよ」

みんなは一斉に私を見た。中学生の小遣い一ヵ月分以上の金額に当たる分量で

る。食えよと言われても、手は出ない。共室に一人だけいる大人の采配が要る。

「ん、分かった。みんな、食べて。冷めたらもったいないものね」

男子二人が顔を見合わせて「いただきます」と広島君のほうに声をかけ「うっまそ

う!」と手を出した。しばらくためらっていた他の子たちも、一人、二人と手を伸ば

した。広島君本人は、配り終えると同時に席に着き、窓の外に目を遣った。自分

は食べなかったし「いただきます」に返事もしない。いつまでも同じ姿勢でただ外を

見ている。窓はいつもと同じように鏡になっていたが、私の席から視線は合わな

かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パトカーにぎっしりの涙(8)

                     (拙書より)

言われた中学一年の男子は、戸惑った目で私を見た。

「ちょっと!よしなさいよ。ふざけないの」

「だって要らねえもん、俺。また買うし」

「また買うしって、買ってもらったんでしょ?お母さんに」

「俺買ったんだよ。んで、着てみたら気に食わねえの。だから要らねえの」

ジャンパーをぶら下げたまま、私の応じ方を試すような目をする。

「今買ってきたの?気に入らないんなら取り替えてらっしゃい、すぐなら大丈夫

でしょ」

私は困惑している子の目の前から、ジャンパーを掴み取った。広島君は新しい

紙袋からいつも着ているジャンパーを取り出すと、袖を通すときわざと私の方に

腕を伸ばしてグッと押した。

それからおもむろに坐ると問題集を取り出し、鼻歌でも歌いそうに肩をゆすって

シャープペンをノックした。

「ヒーロシマ君。なーんかさ、じゃれてない?私に。それとも」

― それとも、言いたいこと、あるの?それなら、時間つくるわよ…。

背後でそう思っただけなのに、歌い出しそうだった肩が一瞬強張り、一、二秒後

急にノートを破り取って絵を描き始めた。

私は理由の分からない痛ましさに襲われて、彼の背後に坐ったまま、掴み取っ

たジャンパーをのろのろと畳んでいた。背中いっぱいの鷲の刺繍には、ふんだ

んに金糸が使われている。畳み終えて袋に収め、袋の名で近くの店だと分かっ

て「取り換えるなら早く行ってらっしゃい」ともう一度言うべきか否かに迷っていた。

目の前にはチャコールグレイの無地の背中がある。暖房の効いた共室ではたい

てい脱ぐジャンパーを、彼はさっき着直した。暑くないのだろうかと思いながら、

見るともなく見ているうちに、取り換えを促す言葉は薄れてしまった。「こんな物

欲しくて買ったんじゃない」、背中が言い張っているようだった。

私は紙袋を置くと、そっと立ち上がった。目の下の彼は、屈託なさそうにアニメ

のキャラクターを描いている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パトカーにぎっしりの涙(7)

                       (拙書より)

次には、やはり新しい消しゴムを出して、下敷きの上に置いた。それから鞄の

中を、一日目の倍の時間掻き回し、やっと見つけたという表情で、シャープペン

を摘み出した。私は無味乾燥な顔を装ってただ眺めていた。

広島君はもう一度鞄の底を探り、もう一本シャープペンを取り出し、二本一緒に

隣の子のノートの上に放り出した。

「やるよ。使え」

突然ころがされた二本ものペンなのに、その子はあまり驚いたふうもなく、ただ

「どうする?」と目で私に処理を問い掛けた。問い掛けながら「そっとしておいて」

と読み取ったらしく、少しずつノートから押し出し、何事もなかったように勉強を続

けている。当の広島君もまた、初めからやり続けていたような顔で、いつの間に

か取り出した教材になにか書き込んでいた。

その後の二回彼は、飄々と現れてはごく普通の中学生をやっていた。相変わら

ず「こんばんは」も「さよなら」も言わない。でも、それが周りを不快にしないかぎり

形だけの躾などするつもりのない私は、こちらから声をかけるだけで放っておいた。

入室五回目の夜、背中に広島君を感じて「こんばんは」と言いながら、首をまわし

て目で追った。ひどく目立つ派手なジャンパーを着ている。

「わあ、カッコイイ!暴走族みたい。派手でもセンスいいわね、お母さんの見立て

?」

「ちゃう!」

面接の日の「うっせえ!」を思い出す。声の鋭さに、少し離れた席の子がビクッと

を上げた。まだ立ったままの広島君は高価そうなジャンパーを毟るように脱ぐと、

顔を上げた子の横に行き、鼻先に吊り下げて言った。

「お前着るか、やる」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パトカーにぎっしりの涙(6)

                         (拙書より)

広島君は「お醤油」のところで、サッと私を見た。「あんた、変な人だね」という目

だった。

それから、いかにも大仕事がすんだという仕草で、肩を左右互い違いに回しなが

ら、共室を見回した。クズ籠に目をとめると、こぼれたみじん切りを下敷きに手で

掃き乗せて、立ち上がったかと思ったときには、もう下敷きごと棄てていた。

「わあ、やだぁ、もったいない。半分残ってるー。これも裏、使えるじゃない」

私はクズ籠から、反面傷だらけの下敷きと半分になった消しゴムを取りだして、彼

の鼻先に突き出した。

「かわいそうでしょ、棄てるなんて!」

広島君は気圧されて受け取ると、鞄の中に放り込んだ。それからゆっくりと机の上

を拭くように撫でまわし、終わると乗せた両腕の中に顔を埋めた。クズ籠の近くに

立ったままの私からは、彼の背中が見下ろせた。意外に小さな背中だった。厚手

のトレーナーの背には、擬人化されたブルドッグが描かれている。ぎょろりとした目

と唇からはみ出た牙、トゲのついた首輪、顔と同じ大きさの握りこぶし。ダイナミック

な絵柄は、華奢な背をかえって物悲しく見せる。

― なにがあったの?去年。

私は胸の中で、彼の背中に言った。

共室の二回目、彼はまたするりと入ってきて、同じ窓際の席に坐った。「こんばんは」

と私。ウンと聞こえた気がした。それが声だったかどうかはわからない。でも、少なく

ともそっぽは向かなかった。むしろ意外なことに、試すような目で私を見た。私は当

応ずべきだという顔で、彼の前に坐り直す。広島君はおもむろに鞄を覗くと、下敷

きを取り出した。取り出した下敷きをわざわざかざして、確かめる仕草をする。

下敷きは、新しかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パトカーにぎっしりの涙(5)

                    (拙書より)

窓の外は暗いので、窓ガラスが鏡になって、中で私と目が合った。おかしそうに

笑いかけるとひどく慌てて、急に鞄の中を掻き回し始めた。筆入れを取り出し、下

敷きを抜き出し、動作ごとにだんだんゆっくりさせて、何事もなかったのだととぼけ

て見せる。それから、大切な作業に取り掛かるようにひと呼吸すると、下敷きの上

に消しゴムをおいた。そしてまた鞄の中を覗き込み、やっと見つかったとばかりに

カッターナイフを持ち上げた。

カッターの刃をおもむろに押し出すと、消しゴムをじっと眺め、慎重な顔を装って薄

く切った。

薄切りを細い短冊にして、下敷きごと九十度回すと、みじん切りにする。切り終ると

また九十度戻して薄切りを作る。短冊にして下敷きを回し、みじん切り。下敷きを戻

し短冊に切りそして…。

四枚目を切ったとき、私は向かい側に席を移して頬杖をつき、物珍しそうな表情の

端に「ありふれた注意なんか、しないわよ」という思いを載せた。彼は毛一筋ほど、

太い眉を上げた。左の眉端が一部上向きに生えている。

みじん切りは四枚目が終わると、下敷きからいくつかこぼれた。

「お皿、持ってこようか?ナマで食べるなら、お醤油も要る?」

共室中の子たちが一斉に顔を上げて、風変わりな新入り君に視線を集めた。決し

て、冷ややかな異端視ではない。中学生に限らず子どもたちのほとんどは、その場

にいる大人の感情を見事に捉え、ときに同化する。私の視線が冷えていなければ、

彼等もそっくり同じになる。私の広島君への感情は、初対面から惹かれた強い友情

だけだったので、手加減なくむき出しで応対していた。大声の「ヒーロシマ君」にも、

ためらいがなかった。彼が私を警戒していれば、最初の「こんばんは」に、普通の中

学生ならするであろうなんらかの返答はしているはずである。返礼なしも大声も、当

の広島君と私の間に、ある了解に似たものがあってのことで、その点もまた周りの

子たちに伝わっている。ただ、こうした呼吸は、馴れ合いに堕すると最悪になる。中

学生は人間関係に敏感であり、厳しさも大人の比ではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パトカーにぎっしりの涙(4)

                             (拙書からの転載)

玄関先の初対面から、胸を突かれるほどやつれた顔と怯えたような態度に不自

然なものを感じていたのだが、子どもと同席では踏み込むことも憚られる。原因

がなんであれ、母子ともに、ある限界にいるらしいことが察知されるので、ことも

なげに扱う必要を強く感じて言い方を工夫した。彼の反発は増したけれど、母の

切迫した様子は少し緩んだ。彼女はそっと溜息をつくと「ねえ、入れていただく?」

と、おもねるように子に問う。でも、子は返事をするどころか、いきなり立ち上がっ

て母を見下ろした。

「申し込んでいいのね?じゃあ、すみません。お世話になります」

はた目には承諾したと思えなくても、母には分かっているのだろう。仁王立ちの息

子を見上げてから、申込書に屈み込み、もう一度子を見上げると「月・木コースで

いいのよね?火曜は書道だから」と言い、急き込んでペンを走らせた。途中まで見

下ろしていた息子は急に向きを変えると玄関に向かい、あっという間に出て行った。

母は慌てて残りの欄を埋め、挨拶もそこそこに後を追った。

のぼせそうな空気に気付いてストーブを消し、つむじ風のような彼の残像をしばらく

味わってときを忘れた。それが広島雄一郎君との出会いだった。

面接から三日目の開始時間をだいぶ過ぎた頃、彼は音もなく入ってきた。初日を思

えば別人のように大人びた顔だった。中学生たちは誰と一緒であるかによって、実

にさまざまな面を見せる。本人たちはほとんど無意識らしいので、なお興味深い。

広島君は入口で素早く共室を眺め渡し、窓際の空席を見つけると悠然と近づいて、

慣れた席に着くように座った。「こんばんは」と言った私には、初日そっくりにフンとい

う顔をした。

「ヒーロシマ君、こんばんは!」

私は初めの3倍くらいの声を張り上げた。彼は上半身を思い切り窓側に捻って、窓

の外を見た。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

パトカーにぎっしりの涙(3)

                          (拙書より)

いちばん新しい二年生二学期中間テストでは、二百余人中の二百番すれすれ

に位地していた。最後に目を運んだ一年生一学期は十番以内だった。順位の

極端な下降は中学一年の三学期から始まっている。もう一度初めから眺め、

一挙に百番も落したその時期に何があったのかと、内心ただごとではないもの

を感じながら無言でいると「あのう…この子、本当はこんな…」と、とりなすような

母の声がした。すかさず、その声を跳ね除けるような「うっせえ!」が飛ぶ。母は

ピクリと肩をすくめ、縋るような視線を私に投げた。私は、母のとりなしも含めて

二人の言動を意にもとめないかたちで、独り言をし始めた。

「あるんですよねえ、こういうこと。特に小学時代成績のよかった子にいるんです。

勉強なんて中学だって同じだろ、そう高を括っているうちに、粗末にしていた基礎

にたたられて、英語も数学もだんだん分からなくなる。二年生は一層難しくなるの

で、気づいたときには授業の大半が理解できない。そこまでいくと半分ヤケ気味で、

いよいよ受験、進路をどうするかという瀬戸際まで、親御さんも本人も、なるべく成

績には触れないことにしてしまいます。まだいいほうですよ。シブシブでもこの時期

にお母さんについて来ただけ」

この程度の成績降下は案外あるのだと淡々と語ったあと、急に彼のほうに向きを

変えて、

「大丈夫です、お母さん。シゴキ甲斐のありそうな坊ちゃんですから。逃げ出さずに

来てくれたら、の話ですけど」

彼は瞬間に、あからさまな不審と軽蔑をこめた目で、挑むように私を睨んだ。「なん

にも分かってねえ」そう聞こえた気がしたので、彼の顔から目を離さずに、また母に

向けた言い方を続けた。

「だいぶやんちゃそうな息子さんには見えますけれど、成績を落してお母さんを困ら

せようとするほど幼くは思えませんから、ちょっとした弾みで投げ遣りになっただけで

しょう。しばらく忘れて放っておかれたら?お母さん顔色お悪いですよ」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パトカーにぎっしりの涙(2)

                      (拙書より)

切り裂くように返答した声には、まだ変声期前の甲高さが残っている。

「ぜーんぶ」

私は彼のほうに顔を突き出して、からかうような言い方をした。彼はさっきよりも

大袈裟に、顎までしゃくって横を向いた。背は高いけれど、頬の丸みも首の細さ

も少年そのものだ。中学生ほど成長に個人差のある年代はないと思う。わずか

3年の間に、四、五歳はおろか七、八歳以上の個人差を感じることがある。すぐ

にでもふくよかな母親になれそうな女子から、哀しくなったら母の蒲団にもぐりこ

みそうな男子までいる。

そっぽを向いた彼から「早くしろよ、俺、帰りたいんだ」との苛立ちが寄せてくるの

を尻目に、私は身を縮めて正座している母のほうに「ストーブつけましょうか?」

と訊いた。すかさず「いらねえ!」と声が飛んだ。私も負けていないトーンの声を

投げ返した。

「あなたに訊いてない!」

彼の二重の目が倍の大きさになった。私は「さっきから、なによ」という視線を送

り、あからさまに母のほうに向き直る姿勢に「もう幼児なんかに取り合わない」との

意をこめた。母のほうはたしなめられた息子のぶんまで、一層身を縮めて再び突

然の訪問を言い訳する。

「いつその気になってくれるか分からなかったものですから、前もってお電話も差し

上げないで…」

空きがありますかと問われ、一人くらいならと答えると、点火したストーブににじり

寄って、気忙しく一通の書類を机に広げた。「小票」と呼ばれる、中学入学以来の

定期テストの結果を貼りつけたものだ。通知票のように5段階評価ではなく、テスト

の点数と学年での順位が記載されている。順位を数字化することに好感は持てな

いけれど、成績の上下動を知るには便利である。私は「小票」を逆さに見ていった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パトカーにぎっしりの涙(1)

                                  (拙書より)

曇り空とカレンダーを見比べてしばらく迷ったあげく、結局ストーブを引き出した。

十二月にはまだ間があっても、年々増える寒がりやの子どもたちには、もう必要

に思える日だった。最も活気に満ちた年頃の彼等がいつも私より厚着で、運動部

で活躍している子さえ、例外ではない。

やっと点火の具合を確かめ終えたとき、ブザーの音で反射的に時計を見た。七時

からの共室開始時間前でも通常の下校時間は過ぎている。一ヶ月ほど前から進

路のことで母と揉めている受験生の顔が浮かんで、小走りに玄関に向かった。

勢いよく開けたドアの外には、見知らぬ女性が恐縮して立っている。

「突然すみません」と早口で言い「やっと腰を上げてくれて…」と続けながら、来た方

に何度も目を遣り、急に入り口から消えた。

開け放した玄関から首を出すと、制服の袖を引っ張る女性と振りほどこうとしている

男子中学生が見えた。

「ねえ、寒いでしょ、入れば?」

首を伸ばした私は、母と思しき人の援護のつもりで声をかけた。それでも数秒、2人

の間で引っ張ったり振りほどいたりが続いた。母親より頭一つ高い背と不釣合いな

幼い仕草に思わず笑みをこぼすと、気づいたらしい少年は挑むように玄関に突進し

てきて、乱暴に踵を踏み交わして靴を脱いだ。片方だけサンダルを突っかけて首を

出していた私は、とっさに身をかわして壁に張り付いた。母であろう人は恐縮しきって

お辞儀しながら跳ね飛ばされた子の靴を揃えている。

六畳の和室ニ間を抜いて座卓を並べた共室に、私より先にずんずん入った子は、勝

手に適当な席に音をたてて坐った。

「ねえ、寒くない?ストーブつける?たった今セットしたとこ」

乱暴な行動など気にもとめていないという言い方をすると、彼はフンというように、体

ごと捻って横を向いた。背を屈めて入ってきた女性はハーフコートのまま、できるだけ

小さく身を縮めて子の隣の腰を下ろした。とたんに子のほうは、二十センチほどもい

ざって離れた。思わず忍び笑いをした私を、なんだよという目で彼は睨む。

「だって、おっかしいんだもん」

「なにが!」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(16)

                (前ブログからの転載)

大人たちはまた

少年法を変えた。

奇しくも10年目の今。

大人たちは最早、少年の心からは遥かに遠い。

酒鬼薔薇聖斗君。

あなたの絶叫から

人々は何を聞き取ったのだろう。

あなたは何のために、生まれてきたのだろう。

あなたを想うとき

未だに私の人格がギシギシと悲鳴を上げる。

心の芯から血が滴る。

人が人に生まれてきたことは

素晴らしいことなのか哀しいことなのか。

   10年の問いに

   答えは未だない。

ただあなたのために

被害者さんたちのご冥福を

祈り続ける。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(15)

                       (前ブログからの転載)

諸悪の根源が

母たちにあるとは思わない。

唆されて、母でいられぬ不自然さを

居心地悪く無意識に嘆いている者だってたぶんいる。

しかし

諸善―こんな言葉はないけれど―を培うものが

母の体温であろうことに

今だからこそ、思い至って欲しい。

たとえ社会が荒れようと、学校が歪もうと、

必要な温度で必要な期間慈しまれた子は

泣くことやすねることはあっても

本当に絶望はしない。

だから人格は壊れない。

人は殺めない。

自分も抹殺しない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(14)

                   (前ブログからの転載)

母性という高等な本能が薄れて

社会は体温を失った。

食べ物か空気か水か知られざる添加物の害か

低体温の子が増えた。

心の温度の低い子もたしかにいる。

それでもそんな子にも、人並みかそれ以上の体温の母がいれば

彼等は凍えずに済んだかもしれないのに…。

凍えそうな子どもたちのある者は

懐かしい子宮を恋い焦がれ

狭い自室にひきこもる。

凍えそうな子どもたちのある者は

同じ仲間とひっつくしかなくて、つるむ。

幼い同棲を始める。

凍えそうな子どもたちのある者は

震えの源を知りたくて

命という存在に挑戦する。

― 猫のハラワタは熱いのに

   なぜ僕は寒いのだろう 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(13)

                  (前ブログから転載)

文明が進むと、人は本能を卑しむ。

卑しまれた本能は変質する。

いや、進んだ文明に追い立てられると、

まっとうな本能が損なわれる。

繁栄を求めた結果の文明は一人歩きして

人間の心の余裕を奪う。

余裕のない心には未来への夢どころか

今、掻き抱くいとおしい者さえ受け入れられない。

セックスレス、不妊、赤ちゃんポスト、児童虐待。

生き物としての人間の土台が危うい。

人間の子どもが人間に育つための

必要最小限の土壌、愛、が、足りない。

だからこそ欲しい母性という高級な本能は、

高級であるために儚いのか

薄れてゆがんで消えかかって…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(12)

                                           (前ブログからの転載)

そんな大人たちの牛耳る世の中で

少年たちは次々と自爆していった。

先生を殺し、親を殺し、仲間を殺し、自分を殺し…。

それらの報道と、ドンドン的がズレて行く解説の中で

絶望と憤怒の上下動にめまいしながら

私はある一点に耳目を傾けていた。

酒鬼薔薇少年に

   母

いたのだろうか。

自爆してゆく子たちに

いたのだろうか。

彼等が絶叫しながらナイフや金槌を振り回す直前

私のノートには、こんな言葉が連なっていた。

両親のいる孤児。

先進国の飢餓児童。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(11)

              (前ブログからの転載)

先進国順に、子ども達の心が奇形化する。

ウスウスそう思っている者でもその理由を

先進国順に、大人が狂っているからだ、とは考えない。

10歳の子が2歳の子を殺したので

パニックになったイギリスは

少年法の対象年齢を引き下げた。

アメリカでは少年でも凶悪犯は顔を晒す。

本音は大人の逆上であり腹いせであり

野蛮な西部劇の吊るし首欲求なのだけれど

そうは思われたくないのでいろんなこじ付けをする。

似たような大人たちは賛同するが

本音を見抜く子どもたちは

冷血や残虐の肯定と受け止める。

日本の識者たちにも野蛮人はいる。

特に、戦後食いたいものも食わず、遊びたいゲームもなく

見たいエロビデオもなければ赤線まで廃止され

仕方なく営々と築いてきた誇らしき金持ち大国を

贅沢三昧の揚句に不平不満ばかりの

お前らクソガキに汚されてたまるか!

できれば片っ端から死刑にしてやりたい!

さすがにそうは喚けないので

都合のいい文言で、まことしやかに論を張る。

先進国英米では…。

野蛮な者にはエネルギーがある。

ヒトマネの恥くらい簡単に吹き飛ばす。

先進国イギリスでは、アメリカでは…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(10)

                        (前ブログからの転載)

「フツーの大人の中に、

まともな人たちがいてくれるのよね」

中学生たちに絶望して欲しくなくてそう伝えた夜

彼等の一人が言った。

「でも結局、動かすのはフツーじゃない人たちでしょ。

少年法とか、さ」

そう、なの、だった。

政治家や識者と呼ばれる人たちは、

何もしなければ沽券にかかわると思ったのか

それとも

世間を騒がすクソガキは

捻り潰すべきだと思ったのかその両方か

少年法の改正(改悪?)を急いだ。

そうすることが抑止力になるとは

たぶん誰一人思わなかったままに…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(9)

                      (前ブログからの転載)

マスコミをリードしている者たちが、

決して上等な人間たちだと思ってはいなかったけれど

予想よりはるかに粗悪な人品ではあった。

嫌悪に心ゆがむ思いでも、

いつもの癖で思ってしまう。

― この人にも、子や孫がいるだろうに… ―

カッコイイ仕事をしていると思っていた父や祖父が

こんな人となりだと知ったとき、

彼等はどう思うだろう…。

そうした、大人への、とりわけ敬愛する大人への失望こそが

酒鬼薔薇を作る毒素でもあるのに…。

事件以来、事件以上に失意を深める大人たちの反応の中で

『賢治の学校』の先生とともに、私を、というより子どもたちを

救ってくれそうなことがニュースになったのは、

評論家でも政治家でもない市井の人々の行動だった。

週刊誌の相当数は、

書店や売店の

フツーのお父さんお母さんたちの発意で返品されたのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(8)

                                            (前ブログからの転載)

醜い顔は何人か覚えがある。

神を騙るエセ宗教家。

行き場のない子を虐待していた施設の長。

老人を食い物にした銀行員。

なまじ高級げな身分や地位を看板にしていると

生き様の低さとの落差がアクになって

面の皮に染み出すのだろうか。

少年の顔写真を載せた週刊誌の編集長もその出版社のドンも

知的産業に携わっている者とは

とうてい信じられない濁った貧相な顔をしていた。

そして、小学生でも分かっている、売りたかったのだ

という言葉の代わりに並べ立てる

表現の自由だの知らせる義務だのというキザな文言は

視線の定まらない者から吐かれると

憤りや滑稽さを通り越して

うら哀しく思えてくる。

― こんな奴等がこの国の言論界のリーダーだったんだ ―

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(7)

                     (前ブログからの転載)

私の妄想ではなかった犯人。

私の思い込みではなかった中学生たちの反応。

その不幸な一致に打ちのめされて沈みこみ

その不幸な一致に、

そこまで少年たちを追い込んだ大人たちへの憤りを募らせた。

マスコミは醜い狂奔を鎮めて、

識者を総動員して必死な対応を始めた。

特集を組んで、少年を怪物にした者や社会を

自問自答し始めた。

私も、滅多に買わない雑誌を買い込み、テレビを録画し続けた。

もしや、中学生たちへの理解が、一歩でも進んだかと。

でも、識者たちは、識者たちでしかなかった。

聞いたことのないカタカナの病名が並べられ、

したり顔での解説を聞かされただけだった。

どこにも、少年たちのために慟哭した者はいなかった。

いや、たった一人、いてくれた。

『賢治の学校』という学園の先生だった。

彼女は、並んだ識者の間で、なんども嗚咽した。

でも、その為か別の理由か、まもなく画面から消えた。

そしてかわりに出てきたのは、少年の顔写真を載せた週刊誌の

編集長だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(6)

                     (前ブログからの転載)

長屋のオバハン的な女子たちが、

どんな一言を漏らすかと注視したけれど、

ほとんど無反応だった。

ギャワギャワとテレビの中の大人たちと

同じ感想を口にするかと思ったのだったが、

妙に沈んでいただけだった。

― やっぱり彼女たちも中学生だったんだ…。

  大人たちとは違うんだ…。

そんな、安堵がよぎった。

テレビは、ひきつけを起こした。

犯人探しの時以上に醜かった。

連日特番を組んで、一日中津波になった。

中学生たちを集め、その母たちを集め、

識者といわれる人々を集めた。

真剣か深刻か必死か必死なふりか、

大人たちがうろたえざわめく向こうで

一人の少年が自殺した。

― 僕も酒鬼薔薇になる前に、自分で自分を始末します ―

それが遺書だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(5)

                                                       (前ブログからの転載)

翌日の夜、中学生たちを前に

ボソッと私は呟いた。

「可哀想 ね」

いつも大きな溜息を吐く中三の男子が「うん」と言った。

「被害者の子 が でしょ?」

当然思うはずのことを、私はわざと聞いた。

「ちがうでしょ!」

その子の声は鋭くて抗議的だった。

私は黙って手を差し出した。

彼は―あんたなら分かると思ってた―という目をして

ギュッと手を握り返した。

隣の席の男子が、私の目をのぞいて言った。

「俺も酒鬼薔薇になると思ってるでしょ、センセ」

中一で学年2番、中ニでビリから3番。

「成績の上下を存在の証明に使ってるの?」

と話しかけて始まった中三で入ってきた子だった。

来る度幼児的ないたずらをしかけて、

私の反応を調べている。

大きな目の奥に、大量の涙を溜め込んでいるような子。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(4)

                       (前ブログからの転載)

大人たちが作った犯人像は、私の中の怖れからは

とても遠かった。

それでも消えないマサカが怖くて

臨時ニュースの音におびえた。

中学生たちが帰ったある夜、

点けたとたんにテレビが言った。

「…犯人は中学3年生、14歳の少年A…」

わわぁ~(やっぱり~)

私は悲鳴を上げて

それから

幼児のように泣き出した。

ごめんね ごめんね ごめんね

それしか言葉を知らない者のように

繰り返し続けて泣いた。

泣き疲れた夜明け、気管支がやけどしたような痛さの中で

彼の

深い深い、暗い寒い孤独が沁みて

今度は声を殺して泣き続けた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(3)

                      (前のブログからの転載)

社会のにぶい色、中学生たちの心の錆び。

きっかけがなくてもプツリと切れてしまいそうな限界を往復している

まともな感性の少数派たち。

同じ空間にいるだけで、傷みが感染しそうな夜。

彼等が帰った後、10分20分と、席を立てない夜が増えていった。

そして、

あの事件

が、起きた。

マスコミは狂奔した。

興奮し取り乱した大人たちは、勝手な犯人像を膨らまして喚いた。

私は恐れていた。

マサカ マサカ マサカ。

でも、テレビに映る赤い直線的な挑戦状の文字が、

犯人の心臓からしたたり落ちる

に、見えた。

そんな血を、大人は流さない…。

私の中で呟く者がいる。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(2)-前のブログからの転載

ほとんどの子が、私の知っている中学生ではなかった。むしろ、中

学生の特質から最も遠いものを纏っているようにさえ見えた。

人生に疲れ果てた中年。

したたかな器用さで世渡りするオバハン集団。

彼等を変貌させたものが何なのか。

心当たりが無くはなかった。

だけれど、その心当たりが、自分の思い込みであって欲しくて、そう

ありたい雑念が、直視を妨げていたようだった。

中学生たちを変質させたものが、大人たちのあくどさであって欲しく

ない。卑しさであって欲しくない。さもしさであって欲しくない。干上が

った情感であって欲しくない。

それら以上に

中学生たちの心を殺すはないのだから。

6年目に見た日本。大好きな国。

バブルが弾けたのだという。

政治も教育現場も、銀行も公共機関も、そして母たちも、理屈にもなら

ぬ開き直りで、恥も誇りもかなぐり捨てた、ように、見えた。

それでいて、振り捨てたことをバネに活力を得たかと見ればもっと脱

力して澱んだ目になったかに見えた。

やり場のない哀しさとシンとした憤りが寄せる…。


ほぼ同時期にドイツから4年目に帰国したという人に会った。

その人は言った。

「成田に降りたとき、日本人ってこんなに下品な顔してたかと

ギクリとしました」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の中の酒鬼薔薇少年(1)―前ブログからの転載

その事件から10年目だと、被害少年のお父さんにインタビューして

いた。改めて胸が痛んだ。

そして、別次元で、加害少年への思いが、10年前と同じに心を引き

攣らせる。

彼が捕らえられた夜私は独りで、朝まで慟哭した。

当時私は、13年目を迎えた補習塾を続けていく気力を失いかけて

いた。私にとって、人間の中で最も信頼できると思い続けていた中学

生たち。その彼等の予想外な変質にめったに絶望などという言葉を

思い浮かべさえしない自分が心萎えて坐り込んでしまっていた。

たった5年るすにした日本…。

アメリカから帰国して再開設した塾で出会った中学生たちを前に異星

に移住したほどの驚きを感じていた。

ある子は、ひどく疲れていた。

机にうつ伏した背中が、押し潰されたに見えて、うかつに声を掛けら

れない。

ある子は身を捩って、しょっちゅう溜息をもらした。

親友だとの振れ込みで同時入室した少女たちは、一緒のときと別々の

ときでは、別人のような変化を見せた。

親友がいない時は、平然と悪口を言った。

  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

共育共室(15)

子どもたちは大人が思うほど、迷ったり考えあぐねたりする大

を頼りないとは思わない。

真摯に、謙虚に、ひたむきに、どう生きることがよいことかと、そ

の子と共に探しながら歩いてくれる大人こそ、尊敬も信頼もでき

ると信じている。知識や智恵は、その路線上で分け与えてくれれ

ばいい。

繰り返しになるが、歩いて行く目的地は、一般論や抽象論での

幸福探しではない。

その子にとって、もっとも相応しく、もっとも充実感を持てるであろ

う目的地である。

よく一人一人の個性を大切にと、言いもし聞きもするけれど、絶え

ず原点から吟味し確認しないと、言葉遊びになる。

原点からとは…私たちは生き物であり、生き物の一種人間であり、

人間の中の男(女)であり、そしてその上の『   』な個性の者で

ある、と。

親としての自分をベースに、子への向き合い方を延々と述べてきた

けれど、これがすべて、補習塾『共育共室』の土台や骨格になって

いる。

社会通念上、先生と呼ばれてはいるが、子どもたちの大半は血縁

に近い存在だと思ってくれているらしい。

一年に何人か泣きにくるOB、OGがいる。泣かない人生であって欲

しいけれど、泣ける場所と思う子が一人でもいる限りココにいる私

ありたいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

共育共室(14)

既存の宗教には説得力がなくなり、隙間から噴出す毒キノコの

ようなカルト教団がおぞましいニュースになる。

道徳も倫理も自尊心も、語れば偽善や欺瞞にしか聞こえない。

最低限の提唱として命は大切にと言ったところで、自殺大国と

解説される報道にかき消される。

そんな社会を背景に、子どもたちに何か教えよう導こうとしなけ

れば大人の沽券にかかわる…そう気負うから一層失望させるの

ではないのか。

大人には権威がなければならない…そう思い込むことで空回りが

始まるのではないか。

卑屈になってはならない(子どもたちがもっとも嫌う)けれど、正直

にありのままに語りかければよいのではないか。

どう生きていったらいいか、一緒にかんがえようよ、と。

吾が子が十代になった頃、彼はどんな親、どんな大人を必要とし求

めるだろうかと考えた。

連想の基には、半無意識だった自分の十代を掘り起こして当てた。

子どもの側に立った自分は、通常とは相当違った意味で、とても欲

張りだった。

いつも見ていて欲しい。

それが第一の願望だった。

いつも見ていて欲しいけれど、口も手も出さないで欲しい。

それが第二の願望だった。

口も手も出さないで欲しいけれど、本当の危険だけは直前で避

けさせて欲しい。

それが第三の願いだった。

そしてなによりも、横並び語り合って欲しかった。

真摯に、謙虚に、ひたむきに、どう生きることがよいことなのかを

語り合ってくれる大人が欲しい…それが十代の自分を通して吾が

子に重ねた時の、理想の大人だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

共育共室(13)

親や教師は同伴者であって欲しい、そう切望する最大の理由

は、現代社会にある。

一昔前は、良し悪しは別として社会の価値観が単純明解であ

った。立身出世であり、親孝行であり、勤勉は美徳であった。

そうした社会に適応して、快適な人生を歩めるように、訓練調

教することが教育であった。

調教された人間たちは、そのまま社会を発展させる要素になった。

不平等も理不尽なこともあるにせよ、人生とは何なのだ、何のた

めに生きなければならないのだ、等とまで考えないで済むあたり

で、それなりの日々をやり過ごせた。

分をわきまえていれば、などという妙な条件でも、意外に納得し

社会の中にも家庭の中にも居場所を持てた。

人々は子どものうちから、何をすればよいか、何をしてはならな

かを、ほとんど納得させられていた。その納得は、大人たちを

ることで、大きく迷うことなく一生保つことが出来た。

現代社会には、幸福どころか安定への方程式もない。信頼や信

用への基本マニュアルもない。

行き方以前に、生命の誕生にさえ技術や作為が紛れ込む。絶対

と思われてきた死にさえ、判定が必要だったりする。

さらに悪いことには、すべてが不明なら探して行くという作業に意

欲を湧かせる生き方もあろうけれど、なぜ不明になってしまった

かの、悪い見本が山積みになっている。

ある成功はある失敗の原因であったり、その成功が偽物であった

のに、失敗に至る過程に良い見本が隠れていたり、つまり過去の

善悪や正邪で物事を判定も分析も出来なくなっていることが多過

ぎる。信頼や尊敬の対象も、物の見方なのか実在しているのか不

明なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

共育共室(12)

次回に譲ると書いた同伴者の真意を述べたい。

同伴者とは、先導者でも後援者でも、まして指導者でもない。

文字通り、歩調を合わせて一緒に歩く者である。

目的地は言うまでもなく― 言わなければ分からない大人も沢

山いるので敢えて言うなら ―その子の幸福になる。

間違っても親のでも、教師のでもないその子の幸福である。

偉そうな人間の陥りやすい人間のあるべき姿としての幸福など、

絵にもならない餅のような話は論外である。

―幸福感とか幸福論など、その共通項を探す抽象論はこの際除外―

なぜこんなにしつこい言い方をするかと言えば、吾が子の本質

も真意も見定めずに、育てる側の好みが優先してしまった結果

の悲劇を見過ぎたためかもしれない。

猫の子を犬にしようとする父親、ヒマワリにダリヤが咲かないと

ヒステリーを起こす母親。

これはたぶん他の生き物にない、人間ならではの過ちだろう。

狼は吾が子を熊になれとは思わないだろうし、鹿は吾が子を猿

として育てはしないだろうから。

繰り返すが私は、子育て・育児という言葉の代わりに同伴者を使

いたい。意図は、一緒に歩く子の本質を矯めず、その歩調を歪め

ず、子の目的地を手探りしながら一緒に歩いて行く者であって欲し

いという願いにある。

ただし誤解をさけたいので強調するけれど、子への迎合は絶対し

ない。たとえば道草ひとつでも、本人の本質を損なう要素を持つと

判断されたら、即刻断固中止させる。

本人のためか否かの見極めは容易ではないけれど、狙いの主体

が本人にあるか、親なり教師なりの好みかを見詰めると、案外見

えてくるものだ。そのポイントがずれなければ、たとえ一瞬反発し

ても、子どもは実に素直に忠告を取り入れる。

子どもも十歳を過ぎると、自分を本当に尊重する者は、決して迎合

などという下品な対応はしないものだということが分かってくる。

教育だの指導だのではなく同伴者であって欲しいという理由は、他

にまだある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

共育共室(11)

同族を否定的にしか見られなくなったら…。

そう記しながら、本当にそうだろうかと自分を振り返る。

何度も振り返って、ではなぜ深く哀しかったり憤ったりするのだ

ろうと、胸の奥を探ってみる。

切り捨てられない、諦めきれない、嫌悪し切れない。

それどころかおそらく、自覚している以上に愛しているのだろう。

なぜなら時々夢中になって、消えかかった焚き火を掘り起こして

必死に燃え上がらせようと試みている自分に気付く。

人間たちの可能性を、一つずつ点検している自分に気付く。

痛ましいほど祈っていることに気付く。

そうした思いのほとんどが、吾が子と一緒の時や、共室の中で起

きる。子どもたちの一挙手一投足が、私を奮い立たせる。

そんな時、一緒に火を焚くエネルギーを持った子に出会うと、千人

の仲間を得たように炎が希望を映す。

(8)で、育児や子育てというより、子どもに対しての自分は同伴者

だと書いた。

その真意は次回に譲るとして、上記の意味でもまぎれもなく同道者

であり同志であって、到底教育したり指導したりする対象ではない。

つまり私を同族の中に繋ぎ止め、同族に希望を持たせるのは、子

どもたちなのだ。

言い換えれば、彼等が、絶望する私を許さないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

共育共室(10)

人間の生み出したものに注意せよ。

野生の嗅覚を磨いていた中に、映画『ひろしま』が染み付いた

ことで、予想外な救われ方をした事実がある。

妊娠中の強烈なツワリを改善しようと指導してくれた医者に、徹

底して抗ったことでサリドマイド禍を避けられたのだった。

※サリドマイド…睡眠薬の一種で妊婦の服用で胎児が奇形児に。

その後のチェリノブイリの原子炉溶解やベトナムの枯葉剤禍、ア

フガニスタンやイラクの劣化ウラン弾の被害…大人の被害もある

が、もっとも大きな影響を受けるのは、命の芽生える胎内である。

野生にも胎児を襲うなんらかの不幸が皆無ではないけれど、他の

薬害(サリドマイドは即刻禁止になった)や武器は、有害を知りつつ使用

を止めない。

命を守れないものを文明と言ってはならない。

そうした肉体的な有害物質から子どもたちを守ることも出きずに何

が大人で指導で教育かとも思うけれど、同列かもっと恐ろしいとも思

われるのは、精神公害ではないかと思って久しい。

子への虐待、子捨て、子殺し。そんなニュースが連日流れ、合間に

給食費を払わない親が話題になる。

どんな隙間を捉えて、希望憧れを語り掛けたらよいのかに戸

惑う。

戸惑いながらも、吾が子も含む子どもたち後輩たちと一緒に生きて

行こうとする時、自分に中の大きな壁に阻まれて悄然とする。

人間を、同族を、否定的にしか見られなくなった者であってよいのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

共育共室(9)