かくれ難問題(10)
(拙書より)
― いじめられるとは、本当はどんなことなのだろう…。「好きになってもらえな
い」ことまで入るのだろうか…。好きになってくれない者を恨んで、恨めし気な目
で睨んだら「好きになれない」ところで止まっていた者も「嫌いだ」に、進んでしま
うだろうに…。そこで「好きになれない」ほうが憎悪の対象にされたら「嫌い」を悟
られぬために逃げるしかなくなる…。それとも、好きになれない者を好きになる努
力も、人間の義務なのだろうか…。嫌な者を避ける権利ぐらいあってもいいでは
ないか?…。でも…、子どもたちの座談会などで、いちばん辛いのはシカトされる
ことだと言う…。
人間のもっとも自然で素朴な感情であるはずの「好き」「嫌い」が、こんなに大変な
テーマになるのかと、私は立ち竦んでしまった。彼女を慰める術もなければ、好か
れるためのアイデアも浮かばない。ほとほと弱り果てた頃、転校するとのことで突
然少女は去った。挨拶に来た母は晴れやかに言い切った。
「この町の人たちって、みんな意地悪なんですよね。だから子どもたちもイジメに走
るんです。今度の町は私の友達が住んでいて、いい人ばっかりだって言いますから」
たった二ヵ月余りの縁だったが、自分の無能さへの苦々しさも含めて、いわく言い
難い経験になった。ただ、その後出会った、よく似た悩みを抱えた中学三年の女子
との関わりで、小学生と中学生の根本的な違いに気づかされた思いがした。
中学生は、内省する力を持っている。他人を恨むより自分を省みて高めることのほ
うが、辛くても解決に繋がることを理解する知性も育っている。自分を被害者に据え
て、易々と同情を求めることをよしとしないプライドの高さもある。あとはそれらを信
じて伴走してやる者がいれば、中学生たちの人間的な成長は目を見張るものがあ
る。それが中学生の魅力として、私を魅了する。
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