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2007年10月

メロスたちの夢(7)

                                 (拙書より)

初日、彼は入室申込書を持って帰った。申込書には、指導費の納入法が二通

り書いてある。銀行振込と納入袋で持参する方法である。子ども同士のお金の

貸し借りや、恐喝まがいの噂も耳にするので、子どもにお金を持って歩かせな

いように、なるべく振り込みをと一言添えるのだが、半数の母親たちは手軽な納

入袋を希望する。彼が納入袋を請求しないのは、銀行振込にしたためなのだろ

うと、しばらくは不審も不安もなかった。申込書の提出がなされないのも、二度目

のためだろうと解釈していた。しかし、一ヵ月をだいぶ過ぎた頃の記帳で、納入さ

れていないことが分かる。

― あのお母さんが二ヵ月近く忘れているはずはない…。

とたんに彼の、微妙な落ちつかなさと結びつけそうになって、慌てて飛びのいた。

その安易な勘繰りは、まさに大人特有の手抜きである。

― 案外手渡すのをすっかり忘れて、鞄の中でクシャクシャだったりして…。

子どもに限らず人がうわの空のときは、予想外な失敗もする。余計な気の回し方

などせずに、さらりと問うべきだと思い直した。

「ね、申込書くれる?」

「ああ」

佐山君は鞄の底をまさぐり、鞄の中で茶封筒から申込書を引き抜いてよこした。

茶封筒は、私がその中に申込書を入れて渡したものではない。

本人だけで申し込みに来た場合、持ち帰った申込書に初回の費用を添え、封筒

に入れて持たせる親がほとんどだ。封筒に金額を書き、よろしくお願いしますと記

す人もいる。彼は申込書だけ、引き抜いてよこした。

「ありがと」

受け取って広げ、納入袋を囲んだ印を見て、「あ、袋要るんだったのね」と、私は

言った。

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メロスたちの夢(6)

                   (拙書より)

一ヵ月が過ぎた。相変わらず首から上を突き出す挨拶で坐り、「さようなら」と

言ったり言わなかったりして帰る。たまに隣席の子とひと言ふた言話すことは

あっても、それ以上には発展しない。学習にしても、一応教科書やノートなど

出して広げたり書き込んだりはしているが、決して集中している様子ではない。

もっとも、中学二年生の男子で勉強熱心という子はごく少数だから、とりあえず

は形だけでも変ではない。あとはこちらがタイミングを見計らって、適当な刺激

をどう与えるかにかかる。

しかし佐山君のタイミングは、実に捕らえ難かった。勉強が嫌いで気が散るとい

う様子とは、少し違って見える。ほんの小さな動作だが、絶えずなにかに囚われ

て、心が揺れ動いているように変化する。たとえば、ぼんやりした視線から思い

出し笑いに似た表情になり、一瞬後にはふと眉を寄せ、険しい視線で机の端を

凝視する。あるいは、そっと溜息を漏らしてすぐに、なにかを振り切るように書い

た字を乱暴に消す。ある日はしきりに時計を気にして不安そうな視線を泳がせ、

何度もシャープペンの芯を折った。

好きな子ができたかと思わぬではない。しかし、そう思った瞬間に急いで振り払

った。こちらの思いが伝わってはならない。そして、注視していることも勘づかせ

てはならない。よほどの信頼が育っていない限り、彼等はそれを察知したとたん

に身を翻して、本心を隠してしまう。

― なにか見過ごしてしまってはならないものがありはしないか…。そう思いつつ

も、踏み込むわけにはゆかぬまま、二カ月近い日々を消化してしまった。そして、

それとはまったく異質な、現実的な不審にも囚われ始めていた。

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メロスたちの夢(5)

                         (拙書より)

ちなみに解説させてもらえば、人間は、特に大人になると、言葉や文字に頼り

すぎると思えてならない。「暗黙の了解という勝手な解釈や記憶違い、あるい

は悪意」で、収集のつかない事態に陥ることを避けるために、契約書や領収書

を作ったほうがよい場合はさておき、ごく個人的な感情の世界まで言葉を求め

たがる。「ねえ、愛してる?この前愛してるって言ったわよね?」という具合だ。

それでいて、絶えず疑わないではいられない。疑うのは、とりもなおさず「心の

すべてが言葉になっているわけではない」と知っている証拠だろう。もちろん心

とは移ろうものだとの認識も混じっている。にもかかわらず言わせようとする。

大人同士が、それで痴話げんかするのは勝手だが、中学生を中心とする大きく

なった子どもたちをも同じに扱おうとすると、とんだ計算違いが生まれると思えて

ならない。子どもたちの多くは、問い詰められると、問い詰めている大人の心を

読んで、二種類の反応をする。一つは面倒くさいので大人が納得し易い答え方

で、早く終わらせようとする方法だ。もう一つは、拗ねたりふて腐れたりして逆の

のことを投げかけ、暗に大人の察知力を測ったり期待したりする応じ方である。

だから無理矢理答えさせたその答が、彼等の本心とは限らない。相当ずれてい

ると思ったほうがよいくらいだ。運よく本心を聞けたとしたら、この大人は少なくと

も目下の者を見下ろさない視線を持っていそうだと、認められたときくらいだろう。

かといっていかにも親しげに迎合する大人は、最初から信頼しない。どちらにし

ても「心を察知するセンサー」は子どものほうが性能はよい。

佐山君と再会した私は、結局なにもかも省いて、呼び方にすべてをこめた。

「佐山君、今日は火曜だけど、火・金コースに決めたの?」

5年生のときは「恭ちゃん」だった。彼は私の目を見て「はぁ」と、また首を突き出し

た。仕草は素っ気無いけれど、私の目をしっかり見た彼の中から「五年生の続き

で扱うつもりはないんだね」という声が漏れてきたように感じた。それをさらに、私

に念を入れておくつもりか、五年生時代いつも坐っていた席から最も遠い席に坐

った。

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メロスたちの夢(4)

                   (拙書より)

同時にひとつの不安も湧いた。母親がひどいと言った成績の悪さよりも、その

原因が気になった。成績に限らず、行動全般が抑制され過ぎた結果の無気力

が一番怖い。学習指導の工夫では埋めようがない。その無気力も、気が弱くて

反発しそこなったためだけではないことがある。なまじ丈夫な心を持ったために

親を受け入れ譲っているうちに、ある種老成して、やんちゃな反抗をしなくなっ

てしまうこともある。自然な老成ではないだろうから、虚無的で痛ましい。

ともかく明日は彼に会える。そう頬の緩みを感じながら、子どもたちに向き合う

ときの戒めを点検した。特に中学生と会うときは、予備知識や先入観をいった

ん取り去って、可能な限り白紙でいなければならない。彼等は自分を取り繕わ

ないかわりに、向き合う大人の決めつけを極端に嫌う。いま現在の素顔をあり

のまま見てほしいという願望と、それ以上に、わずかな資料で気安く一人の人

間を判断するような大人にだけは会いたくない、という強い思いを持っている。

邪魔な予備知識の中には「過去に会ったことがある」も入る。つまり、再会とし

てスタートする安易さは許容しがたく思えるのだ。しかも中学生の大半は馴れ

馴れしい者を内心侮蔑する。私は、どんな彼になっているだろうという期待も、

懐かしいとの感情さえも、すべていったん片付けた。

翌日、佐山君はすっと入って来て私と目が合うと、無言のまま首から上だけを

水平に突き出した。お辞儀のつもりで、男子中学生がよくやる仕草だ。私は「お

久しぶり」も「よく来たわね」も省いた。「大きくなったわね」くらいは言いたかった

が、それも呑み込んだ。あまり背は伸びていない。仲間に「チビ」と言われてい

そうな背丈だ。しかし、一瞬向けた視線の強さは、まぎれもなく中学生特有の

「人を察知するセンサー」を備えていると確信させた。内心「よし、これならきっと

うまくつき合える」と嬉しくなる。言葉を超えた会話ができそうだからだ。

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メロスたちの夢(3)

                      (拙書より)

共室が終わって自室に戻っても、すぐには我に返れない。同じフロアの共室と

自室は、頭も心も切り換えるには近過ぎる。その夜も英文法や数式や冗談好

きの子のひと言を引きずったまま、食事の支度はさておいてニュース番組を眺

めていた。

電話のベルが、緩衝地帯をさまよっている心地を凝然とさせた。反射的に時計

を見ると、数分で十一時になろうとしている。受話器を取り上げながら身構えた

とき、女性の声が「こんな時間にすみません」と流れてきた。おぼろげでも記憶

にある声だ。

続けて名乗った名前は、声の主を押しのけて鮮明な「恭ちゃん」を私の目の前

に押し出した。ぼんやりしていた状態から、ベルに身構えたり少年が蘇ったりし

たはずみで、私は妙に高ぶった。

「あらぁ、まあ、恭ちゃんお元気ですか?大きくなられたでしょうね」

「ええ、まあ」

返事の短さに、こちらの不安定な気分が見透かされた思いがして気恥ずかしく

なる。間の悪い気分を収めようと、相手の言葉を待つことにした。

「中学一年の成績もひどかったのですが、二年はもっと下がって…。また入れて

いただけますか。明日、本人を伺わせます」

たったそれだけで電話は切れた。抑揚のない乾いた声が、耳の奥に寂しさを残

した。二年半前に引き戻された意識の中で、「そうか、馴染まなかったのは彼で

はなくて、お母さんだったのだ」と、やっと納得できた気がした。

思うに、小学生のほとんどは、親をまるごと背負ってくる。親の好み、親の姿勢、

意向、願望、そして私への信、不信。

中学二年になった彼の背に、もう親はいないに違いない。「彼自身」が芽生えて

いるであろう佐山君のイメージを、夜更けにあれこれ胸に描いては楽しんだ。人

に心を許してはならないという強張ったものが、十三、四歳の人格の芯になって

いるとは思えない。今度はもう少し親しんでくれるだろうか。

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メロスたちの夢(2)

                         (拙書より)

「問題児」にイジメられているのか、それとも一緒に悪さをしているのかと、母の

横に佇んだ本人の顔をそれとなく目の端で窺った。イジメられたり唆されて悪さ

をするような、気弱な感じには見えなかった。かといって、口角に意志の強さが

垣間見える気がするものの、それだけで確信は持てない。なにしろ小学生には

珍しいほど無表情だった。心なしか佇む位置に、母との距離を取っているように

見える。そのわずかな距離が、何かを主張しているようで胸に残った。ともあれ

彼は四時から七時のコースを3コース、つまり毎日来ることになった。無表情な

うえにひどく無口な子だった。週に六日も来ていながら、ニ、三ヵ月経っても一向

に馴染んでくれない。だからといって反抗的なわけでもなく、尋ねたことには最低

限の言葉で答えた。成績も悪くはなかった。

彼の母は、勤め帰りに共室に寄って、子を連れて帰る。月に一度くらいは七時を

過ぎ、2ヵ月に一度くらいは八時、九時のこともあった。そんなときはきちんと電話

が入る。たまには延長への心遣いか手土産も差し出す。電話も手土産も大人同

士の礼に不足はないが、私にすれば彼の空腹のほうが気になって、なにか口に

入る物をと、落ちつかなくなる。ずれ込む七時から十時までのコースは、中学生や

高校生ばかりなので、彼等の寛大さを当て込んで一切れしかないカステラやニ、三

枚の煎餅でも「恭ちゃん、お兄ちゃんたち夕食すんでるから遠慮いらないのよ。お

なかカラッポだと気持ち悪くなるでしょ。ね、これ入れておこうよ」などと差し出す。し

かし結果はいつも空振りに終わった。彼は決して手を出さなかった。その母も私に

「すみません」と挨拶しても、子には「ごめんね。おなか空いたでしょ」とは言わなか

った。ふたりはいつも淡々と帰った。

六年生になると、「問題児が転校したので学童保育のほうに戻す」そう言って退室

した。学童保育の終了時間とその母の帰宅時間との間隔が気になったが、差し挟

む言葉が見つからない。まだ私よりは低い位置の彼の目を覗いて「じゃあね」とだ

け言った。

二度目の入室は、中学ニ年生の秋だった。

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メロスたちの夢(1)

                      (拙書より)

自室の大きな窓は、東南に向いている。ひろびろと見渡せる空を、よく旅客機

が横切る。羽田空港も成田の国際空港も近いために、何本かの航路があるの

だ。機影は高度のせいか速度のためか、ほとんど音を伴わない。窓を開け放

しているときだけ、忘れた頃にかすかな音がおいかけて行くのに気づく。

そんな空を、轟音に驚いて思わず見上げることがある。隣の市にある自衛隊

のヘリコプターだったり、輸送機だったりする。ごく稀なその姿は低く大きく、特

異な迷彩模様で音以上に威圧感を与える。それらが去ったあとしばらくは、複

雑な思いに囚われる。守ってもらっていると考えるべきか、存在自体を問題にす

べきか、忘れかけた戦争体験を突きつけられた戸惑いと相まって、重苦しくなる。

ところが、ある日を境に、同じ迷彩模様に親しみすら感じはじめた。人の感情と

は他愛ないものだと微苦笑しながら、一人の子に思いを馳せる。なまじ身近に

なってしまったことで、遠くなったはずの戦争への恐怖が新たになり、改めて彼

が戦闘要員になる日のこないことを祈らなければならなくなったことも含めて。

彼の入隊は、佐山恭一君自身の来訪で知らされた。高校受験後退室して、五年

目の再会の折りである。

佐山君との出会いは少し変わっていた。彼は二度入室している。最初は小学五

年生のときだった。当時は小学生もいたのだが、共室のしくみは現在と同じに一

コースを週二回としてあり、一回の時間枠も同じ三時間の中を自由に使う完全個

別学習のかたちであった。ほとんどの子は一コースに入り、不登校の子や高校受

験生でもニコースに申し込むことがせいぜいなのに、五年生の彼を連れた母は

「三コースに入れてください」と言う。預けている学童保育の中に問題児がいる、引

離したいので毎日預かってほしいのだと理由を添えた。

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パトカーにぎっしりの涙(16)

              (拙書より)

パトカー?と見開いた私の目を当然だと思ったらしく、彼女は懐かしそうに説明

し始めた。

彼は滅多に物をねだらない子どもだった。クリスマスや誕生日にも何が欲しいか

親のほうが尋ねた。六歳の誕生日には「ボク、別にない」と答えた。実の親に遠

慮するのは変わった子だと言う人もいたが、母は内心誇らしかった。物欲の薄さ

も、ねだらない気位も嬉しかった。そんな彼が、一緒に歩いていた道すがら、オ

モチャ屋の前で歩を緩めた。新しくできたその店のショウウインドーには、大きな

パトカーが飾られていた。

「お兄ちゃん、誕生日、あれにする?」

返ってきた答えは「ボク、いいって言ったから」だった。「別にない」と答えた自分を

翻さない子が、たまらなくいとおしくなって、母はつかつかと店に入ると「あれ、くだ

さい」と言った。

「女の子がぬいぐるみと寝るように、よく一緒に寝ていました」

彼女の言葉を借りれば、しがみつき合ってワアワア泣いた後、照れ臭そうに立ち

上がった彼は、部屋からオモチャのパトカーを持ってきて、ぬっと母の目の前に差

し出した。よく見ると、中にはお札がギッシリ詰まっている。あとで数えてみると、奪

い取った金額の八割以上の札だった。

「一体なんのつもりだったのでしょう、あの子」

腑に落ちない顔で、彼女は私を見詰めた。腑に落ちなくても、どうしてもそれが知り

たいという顔ではなかった。だから私は「自分の心根を理解し誇ってくれていた母の

象徴であるひとつのオモチャの中に、卑屈に金を差し出すかたちで寂れていく母の

象徴を詰め込みながら慟哭していたのです」とは、語らなかった。

子は、悲しみであれ歓喜であれ、そこに拘泥して子の存在や子への影響に思いが

及ばないほど囚われてしまう親をみるとき、最も深い孤独に陥るのだと思えてならな

い。孤独の深さは絶望に繋がる。

― 親への暴力は、少しずつの自殺ではないのか…。

問題が解決した母親に語る必要のない言葉は胸の奥に仕舞い込んで、私は独り言

を呟いた。

「子どもって宝物ですよね…。でも、子どもにとってお母さんは、もっと大切な宝物な

んですよね…」

      (パトカーにぎっしりの涙…終わり)

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パトカーにぎっしりの涙(15)

                       (拙書より)

「こんばんは」と言った私に「ああ」と会釈していつもの席に坐った彼は、首を回

して私を探した。私と目が合うとすぐ、ふいと左頬を向けた。そっぽを向いた恰

好ではあったが、明らかに違う。「ほら、見て」そう突き出した頬に思える。左頬

には、やっと分かる薄い引っ掻き傷が一本あった。私が気付いたと思ったらし

い瞬間、彼はもう一度私に視線を戻して「ね、見た?」という顔をした。たったそ

れだけで、もう用は済んだとばかりに勉強道具を取り出すと、一枚のプリントの

上に屈み込んだ。

翌朝早く、電話もなしに彼の母が訪ねてきた。右手首の大きな湿布薬を示しな

がら、報告とお礼に来たのだと言う。冷え切った共室を気遣うと、ちっとも寒くな

いと言った。

「取っ組み合いになりました、先生。敵いっこないのに勝ちました」

まだ腰を浮かしたまま、湿布薬を貼った手を勲章のように差し出すと、満面の笑

みを浮かべた。腰を降ろすと少女のようにはにかんで、それから左手で涙を拭い

た。

「カネ、って、手を出したんです。だめ、って言いました。あと…よく覚えてないんで

す。お前どうなっちゃったの、母さんの大事な子、どうなっちゃうの、もうお前殺して

母さんも死ぬ、そんな滅茶苦茶なこと言って、いっぱい叩きました。気がついたら

あの子、小さいときみたいに私にしがみついてワアワア泣いてました。私もしがみ

ついてワアワア泣きました。バカみたいでした」

彼女はまた声を上げて笑った。笑っているのに涙を拭いた。私は、無言のままた

だ見惚れていた。ひと呼吸すると、熱に浮かされたように彼の母は妙なことを言い

出した。

「あの子ったら変なんですよ、使いようがなかったから返すって、パトカーごと持っ

てきました」

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パトカーにぎっしりの涙(14)

                              (拙書より)

「雄一郎君、お母さんっ子だったんでしょう?お母さん大好きなんでしょう?だか

ら辛かったんですよ、きっと。それなら誰よりも労わったらよさそうなのに、ただ

労わるぐらいではすまないほど、大切な人なんです。大切な人、というより、お母

さんは自分自身でもあるように、区別がつかないんです」

私は掻き口説くように言い続けた。私の考えというよりは、胸の中の彼が工夫も

整理もなく訴え続けているようで、話している私自身、要領の悪い言い方だとじれ

ったかった。彼女に何がどれだけ伝わったか、まったく自信がなかった。ただもう

一度「お願い、今度は殴ってあげて」と繰り返してその背を見送った後、長い間抱

えていたものが、抜け落ちたような虚脱感で、しばらく呆然と坐っていた。

虚脱感はまもなく消えたが、伝えるべきことを伝えたという納得や、これでいいとの

満足感があったわけではない。むしろ自分の勘か想像であったはずの広島君の内

面がその母によって明らかになったために、彼が身近になりすぎて切なかった。そ

れだけに一層、声にも視線にも、特別な労わりや余計な共感をこめてはならないと

自制した。彼は私にそんなものは求めていないはずだ。中学生たちは、人の感情

への注文がとても贅沢である。まったく分かってくれない大人は軽蔑するくせに、分

かっていることを匂わせる者をも嫌悪し拒絶する。彼等はすべてを理解したうえで

さりげなく接してくれる大人を探している。

私は淡々と「こんばんは」を言い「さよなら」と声をかけた。その母との面談後の一、

ニ回、広島君の様子に特別な変化はなかった。小さな仕草に言外の知らせを感じ

たのは、彼の母を掻き口説いてから、三回目の夜だった。

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